つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310775

円石藻Emiliania huxleyiの葉緑体ゲノムにコードされた二成分制御系の機能解析

杉浦 顕樹 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鈴木 石根 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
 生物は、日ごろから様々な環境状態の変化にさらされて生きている。それらの環境変化に適応するために生物は、外界の刺激を感知し、遺伝子発現やタンパク合成などを経て環境変化に応答するシステムを備え、恒常性を維持している。二成分制御系は多くの原核生物、菌類、植物などに広く存在するシグナル伝達経路であり、バクテリアでは環境変化に応答するための主要な経路になっている。二成分制御系は外界の変化を感知するヒスチジンキナーゼ(Hik)と、Hikからシグナルを受け取り下流の遺伝子発現の調節を行うレスポンスレギュレーター(Rre)から構成される。Hikが外界の変化などのシグナルを感知するとHikのヒスチジン残基(His)が自己リン酸化し、リン酸化したHikは次にリン酸基を Rreのアスパラギン酸残基(Asp)に転移させ、リン酸化したRreが遺伝子発現を制御することで環境変化などのシグナルに応答する。
 真核光合成生物の葉緑体の起源とされるシアノバクテリアでは、この二成分制御系が様々な環境ストレス下での遺伝子の制御に関わっていることが明らかにされている。このシアノバクテリアが細胞内共生によりオルガネラと変化した共生体は、環境応答を宿主の細胞核に委ねていると考えられてきた。実際、これまでよく研究されてきた緑藻や植物のプラスチドゲノムには、シアノバクテリアの二成分制御系遺伝子は保存されていない。ところが、スサビノリPorphyra yezoensis、イデユコゴメCyanidium caldarium、オゴノリGracilaria tenuistipitataなどの紅藻の葉緑体ゲノム、および紅藻が二次共生して生じたとされるハプト藻(Emiliania huxleyi)の葉緑体ゲノムには、一次共生体のラン藻に由来するヒスチジンキナーゼ・レスポンスレギュレーターが保存されている。これら二成分制御系遺伝子のホモログは、これまでゲノム解析がなされた全てのシアノバクテリアゲノムにも見出され、Synechocystis sp. PCC 6803ではHik33(Dfr), Rre31(Ycf27)として、高塩濃度、高浸透圧、低温、強光、酸化ストレス条件下での遺伝子発現の制御に関わっていることが明らかにされている。しかし、紅藻系統の葉緑体ゲノムにコードされたHik33, Rre31のホモログの機能はこれまで全く解析されていない。今回、葉緑体ゲノムにヒスチジンキナーゼ・レスポンスレギュレーターを持つことが分かっている藻類のうち、もっとも葉緑体コードの遺伝子数の少ないE. huxleyiを研究材料として、葉緑体コードのシグナル検知・伝達系の役割を明らかにすることを目的とし実験を試みた。

【材料・方法】
(1)二成分制御系の検証
E.huxleyiにコードされた、ヒスチジンキナーゼ(Dfr)・レスポンスレギュレーター(Ycf27)が、実際にシグナルの受容と伝達に必要な、自己リン酸化能とリン酸基転移能を有しているかどうか、それぞれの組み換えタンパク質を大腸菌内で過剰発現、精製し、試験管内でその活性を検証する。
@遺伝子のクローニング
 E.huxleyiのゲノムからDfr・Ycf27両遺伝子をPCR法により増幅し、pT7blueベクターでクローニングし、得られたDNA断片の配列を確認した。
Aタンパク質の発現・精製
 塩基配列を確認したDfr・Ycf27両遺伝子にHisx6タグを付加し、発現用ベクター(pColdUまたはV)に挿入、大腸菌内で過剰発現させ、Ni-NTAカラムを用いて精製した。
(2)二成分制御系のターゲット遺伝子のスクリーニング
@葉緑体の遺伝子上流配列の増幅
 E.huxleyiのゲノムから、PCR法を用いて51種の遺伝子あるいはオペロンの上流配列を増幅した。
Aゲルシフトアッセイ
 PCR法を用いて増幅した遺伝子またはオペロンの上流配列を、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて[γ32P]-ATPで末端標識し、Ycf27精製タンパク質を用いたゲルシフトアッセイを試み、ターゲット遺伝子を同定する。

【結果】
 ドメイン検索から、Dfrは2つの膜貫通ドメイン、HAMPドメイン、PASドメイン、Hikドメインから成ることが分かっている。膜貫通ドメインを除いたHAMP・PAS・Hikドメインを持つDfrを発現、精製した。Ycf27は、全長を発現させた。両者とも細胞内で凝集することにより不溶化し、凝集体(inclusion body)を形成したため、8 M ureaで変性させた後にNi-NTAカラムで精製した。活性のある組み換えタンパク質を得るため、透析により徐々にureaを除き、巻き戻し(refolding)を行った。Ycf27についてはureaを除去した後も可溶性画分にあることが確認されたが、Dfrはureaを除く過程で再び不溶化してしまった。
 二成分制御系のターゲット遺伝子のスクリーニングのため選出した葉緑体ゲノム上の54種の領域のうち、51種をPCR法により増幅することに成功した。現在、Ycf27精製タンパク質を用いたゲルシフトアッセイを行っている。


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