つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310777

ハサミコムシOccasjapyx japonicus (Enderlein) の発生学的研究
(六脚類・コムシ目・ハサミコムシ亜目)

関谷 薫 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:町田 龍一郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)

[背景・目的]
 六脚類〔=内顎類+外顎類(=狭義の昆虫類すなわち真正昆虫類)〕の系統進化に関しては、多くの分野から研究が進められているにもかかわらず、未だ統一見解は得られていない。
 ハサミコムシ亜目が属するコムシ目は「無翅昆虫類」の一群であり、内顎口という口器の特徴から、トビムシ目、カマアシムシ目とともに内顎類にまとめられている。内顎類は真正昆虫類である外顎類の原始的姉妹群とされ、六脚類の起源を知る上で重要なグループである。しかしながら、近年、内顎類の単系統性に関する議論や類内の系統関係の再検討がなされはじめ、コムシ目を内顎類から外して外顎類の姉妹群とするデータや、二亜目(ナガコムシ亜目とハサミコムシ亜目)からなるコムシ目の多系統性が示唆されるなど、コムシ目の系統学的位置、スタータスは大いに議論されている。この点から、六脚類の起源、高次系統の再構築において、コムシ目はたいへん重要なグループである(例えばMachida 2006参照)。
 このような系統学的議論において、グラウンドプランの再構築や形態形質の相同性の検証に力を発揮する比較発生学的アプローチは、最も有効な手段の一つである。しかし、コムシ目の発生学的研究に関しては、ナガコムシ亜目においては比較的研究があるものの、ハサミコムシ亜目に関しては断片的な研究がなされてきたのみである(Grassi 1885; Silvestri 1933)。
 このような背景から、コムシ目の単系統性の検証、コムシ目の系統学的位置の検討、内顎類のステータスの再検討、六脚類の起源、高次系統の再構築を目指して、ハサミコムシ亜目の発生学的研究を開始した。本研究ではその第一段階として、ヤマトハサミコムシの胚発生の概略を記載する。

[材料と方法]
 ヤマトハサミコムシOccasjapyx japonicus (Enderlein) (図1)を材料とし、2006年5-6月に茨城県つくば市と長野県佐久市にて採集した。採集した個体は土を敷いたプラスチックケース内で一個体ずつ飼育し、飼育下で受精卵を得た。得られた卵はカール液、カルノフスキー液のいずれかで固定し、必要に応じてピンセットで卵殻を除去した。DAPI染色後、紫外線励起下で蛍光実体顕微鏡(Leica MZ FLIII)により、またはヘマトキシリン、硼砂カーミン染色後、生物顕微鏡により、観察、スケッチを行った。



[結果と考察]
 2006年6-7月にかけて、21♀♀から約500卵を得た。卵は30-50ずつ卵塊として産下され、卵塊は柄によって基物に固着する(図2)。これらの卵を用い、外部形態を中心に、胚発生の概略を追った。
  1. 胚帯型:ヤマトハサミコムシの胚帯は短胚型的な発生を行うことがわかった。これは長胚型的胚帯を形成するナガコムシ亜目の胚帯とは異なる。また、外顎類の初原状態である短胚型胚帯とも、ヤマトハサミコムシの初期胚帯は卵周の1/3を占めるほどに大きいという点で、同一視できない可能性が高い。
  2. 一次背器:ヤマトハサミコムシの一次背器は漿膜が卵の背側に集中することによって形成され、姿勢転換の直前に完成することがわかった。この一次背器はその形成様式・形成時期においてナガコムシ亜目の一次背器と一致し、一方、一次背器が発達する他の内顎類のそれとは大きく異なる。また、ヤマトハサミコムシの一次背器は頭葉から十分に離れて存在するが、ナガコムシ亜目を含めた他の内顎類のそれは頭葉とほとんど接している。
  3. 腹部体節制:ヤマトハサミコムシにおいて、腹部は発生の全ステージを通じて10節であった。これはナガコムシ亜目と共通であり、コムシ目独自の腹部体節制であると考えられる。
  4. 内顎口形成:ヤマトハサミコムシの内顎口形成は、ナガコムシ亜目同様、下唇の回転を伴うことがわかった。下唇の回転を伴う内顎口形成は他の内顎類では観察されないもので、コムシ目独自のものである可能性が高い。
 以上のうち、一次背器の形成時期および形成様式・内顎口形成様式・腹部体節制の4点において、ハサミコムシ亜目はナガコムシ亜目と共通の発生過程を経ることがわかった。これらは十分に両亜目の共有派生形質と理解でき、コムシ目の単系統性は支持される。一方、外群比較から、ハサミコムシ亜目の短胚型的胚帯および一次背器の位置は派生形質状態と判断できる。この点から、現時点では、ハサミコムシ亜目はコムシ目においての派生系統群と理解できよう。
 今後はさらに材料を集め、組織学的研究法や電子顕微鏡などの手法を導入しつつ、ヤマトハサミコムシの胚発生を明らかにし、系統学的議論を深めていきたい。

[引用文献]
Grassi, B. (1885) Attil Accad. Gioenia Sci. Nat. Catania, Ser. 3, 19: 1-83
Machida, R. (2006) Arthropod Syst. Phylog. 64: 95-104.
Silvestri, F. (1933) 5th Congr. Int. Entomol. 329-343.


©2007 筑波大学生物学類