つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310778

非細胞性の柄を形成する細胞性粘菌Acytosteliumの細胞学的解析

薗田 和明 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:漆原 秀子 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>

 細胞性粘菌は通常単細胞アメーバとして分裂増殖しているが、飢餓状態になると集合して多細胞化し、胞子塊と柄からなる子実体を形成する。最も解析の進んでいるDictyostelium discoideumに代表されるように、多くの細胞性粘菌では細胞が胞子と柄細胞とに分化するが、Acytostelium属 は子実体の柄が細胞性ではなくセルロースチューブのみであって柄細胞への分化が見られないという特徴をもつ。細胞分化は多細胞生物が複雑な体制を構築する ための基本的な能力であり、細胞性粘菌がどのように柄細胞分化能を獲得してきたかを推察することは多細胞体制の進化を考える上で大変興味深い。しかし、Acytosteliumにおける子実体形成過程の分子メカニズムの解析は皆無である。そこで私は柄形成に深く関わっていると考えられるセルロース合成酵素遺伝子のクローニングを試みるとともに、Acytosteliumの遺伝情報に関する知見を得ることを目的としてゲノムDNAの一部について塩基配列を決定した。また、柄が形成される過程の細胞学的な解析を行った。


<方法・結果>

 実験にはAcytostelium subglobosumを用いた。Acytosteliumの中では、この種が培養と発生に関して最も成績が良いとされている。

 1.セルロース合成酵素のクローニングと遺伝情報解析:  A. subglobosumゲノムDNA 中のセルロース合成酵素遺伝子をdegenerate PCRで増幅し、クローニングすることにした。Acytosteliumで唯一解析されていたA. leptosomumのα‐チューブリン遺伝子配列の一部から算出した推定のコドン使用頻度を参考としてD. discoideumのセルロース合成酵素遺伝子配列のうち比較的保存性が高い領域に対するプライマーを設計し、A. subglobosumゲノムDNAを鋳型としてPCR増幅を行った。 しかし、得られたPCR産物の塩基配列を決定したところ、残念ながらセルロース合成酵素に類似した配列ではなかった。そこで、研究室内で作製されていたSalT断片によるA. subglobosumゲ ノムライブラリーからランダムに選んだ90クローンについてDNA塩基配列を決定し、コード領域を予測してコドン使用頻度を求めた。その結果上述の推定コ ドン使用頻度とは著しい違いがあることがわかり、これがdegenerate PCRが成功しなかった原因であると推察された。

 2.柄形成過程の細胞学的解析: まず発生時間についての基礎的なデータを得るために、増殖期のアメーバ細胞を1 cm2あたり5 x 105の 密度でメンブレンフィルター上にまき、22℃で発生させた。この条件では飢餓状態におかれてから6時間後に集合が始まり、約9時間で立ち上がり始め、 15〜24時間で子実体を形成した。次に発生中の形態変化を詳しく知るため、集合してから子実体になるまでの発生過程をタイムラプス撮影により調べた。そ の結果、A. subglobosumは集合した後柄を形成しながら上に伸びてゆき、そのまま細胞塊が柄の上にまとまって子実体となることがわかった。D. discoideum ではアメーバ集合してから上に伸びると全体が横に倒れてナメクジ形の移動体となり、這い回った後で子実体を形成するが、A. subglobosumの 発生は比較的単純に進行する。また、発生初期〜中期でカルコフローを用いてセルロースを蛍光染色したところ、立ち上がり始めた集合塊の先端部に細長く伸び た細胞が一層に並び、それらの中央に柄が形成されている様子が観察された。最終的な子実体では細胞分化が見られないが、発生途中では様々な状態の細胞が混 在していることがわかる。


<今後の課題>

 A. subglobosumの子実体形成では全細胞が柄の形成に関わった後胞子になるのか、それともなんらかの細胞分化があるのかということについて結論を得るためには、今後のより詳細な解析が必要である。また、ゲノム解読が完了しているD. discoideumA. subglobosumのゲノムを比較することにより、細胞分化に関わる遺伝情報の進化について重要な知見が得られると期待される。


©2007 筑波大学生物学類