つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310780

冷温帯のスギ林において腐肉トラップで捕獲された地表徘徊性昆虫群集

滝 若菜 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:渡辺 守 (筑波大学 生命環境科学研究科)

はじめに
腐食食物連鎖は、食物網の中で動植物の枯死体や腐敗物を生食食物連鎖に再び戻すという機能をもっている。地表徘徊性昆虫の多くはこの腐食食物連鎖に位置し、これらの群集構造を明らかにすることは、陸上生態系における食物網の全体像をとらえ、総合的な物質循環を理解する出発点と考えられてきた。その中で、シデムシ科昆虫は、腐食食物連鎖内の一次消費者に相当する重要な分類群といえる。しかし、このような視点から地表徘徊性昆虫群集を研究した例はほとんどなかった。特に、日本において最も個体数が多いシデムシ科のオオヒラタシデムシは、スギ林のような管理された森林を好むといわれているものの、生活史はよく分かっていない。本研究では、オオヒラタシデムシの生活史を解明すると共に、冷温帯のスギ林に生息する地表徘徊性昆虫の群集構造を解析した。
方法
2006年6月上旬に4日間と7月下旬に6日間、8月下旬に7日間、長野県白馬村神城地区のスギ人工林の林床において、とりのひき肉を入れたピットフォールトラップを用いて、地表徘徊性昆虫の捕獲を行なった。トラップは縦横10個ずつ合計100個を2m間隔で仕掛けた。ただし、8月26日?30日の5日間はトラップ数を縦横12個ずつ合計144個に増やしている。設置から24時間後にトラップを巡回し、捕獲された昆虫を同定すると共に、雌雄を判別し、体長や前胸背板幅を測定した。さらに、シデムシ類とオサムシ類については標識再捕獲法を実施した。すなわち、捕獲した個体に個体識別番号を施してその場で放逐している。再捕獲された個体については、個体番号を記録してその場で放逐した。
結果と考察
6月にはのべ3種57個体(4日間)、7月はのべ6種285個体(6日間)、8月は8種1216個体(7日間)の地表徘徊性甲虫が捕獲された。主な大型種は、オオヒラタシデムシとホソアカガネオサムシ、アオオサムシ、アキタクロナガオサムシ、クロナガオサムシ、オオクロナガオサムシ、マイマイカブリで、その他にPterostichus属などのゴミムシ類が捕獲されている。このうち、春繁殖型のホソアカガネオサムシがどの月においても常に優占種であり、同じく春繁殖型であるアキタクロナガオサムシとマイマイカブリは、ホソアカガネオサムシの個体数が減少する8月に優占順位が高くなった。一方、秋繁殖型のオオクロナガオサムシとクロナガオサムシやオオヒラタシデムシは7月と8月に出現した。このように、6月から8月にかけて、種数と個体数の増加に伴って多様性指数は高くなり、7月と8月の群集の類似度が高かった。7月と8月には、オサムシ類とオオヒラタシデムシの幼虫も捕獲された。オオヒラタシデムシ個体群に対する標識再捕獲調査の結果から、本種成虫の定住性の強さと、雌と幼虫は集合する傾向のあることがわかった。捕獲した雌を室内で飼育し、産卵させたところ、卵は地中に産み付けられ、孵化幼虫の数は雌の摂食量に依存していた。これらの結果から地表徘徊性昆虫の群集構造の動態とオオヒラタシデムシの生活史の関係を考察した。

  

図1 地表徘徊性昆虫群集の多様性(H’)の季節変化(±SE).
図中の数字はサンプルを示す.


  

図2 地表徘徊性昆虫群集の積算優占度の季節変化.
ホソアカガネオサムシ(□)、ナガゴミムシ亜属 spp.(+)、オオヒラタシデ
ムシ(●)、オオクロナガオサムシ(▲)、アキタクロナガオサムシ(■)、
マイマイカブリ(○)、クロナガオサムシ(△)、アオオサムシ(×).


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