つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310783

ラン藻Synechocystis sp. PCC 6803の未知遺伝子slr1674の機能解析

武谷 真由美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鈴木 石根 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 生物は、周囲の環境ストレスに合わせて自身の生理反応などを変化させ、適応していくことで生育している。自ら移動ができない植物に到っては、特にその適応能力は生存に必要不可欠なものである。植物に特徴的な代謝反応の光合成は、クロロフィルの光による励起に起因するラジカル反応であり、植物のストレス適応過程においてその活性の制御は大変重要である。この光合成活性の調節は多くの遺伝子発現の変化を伴って起こると考えられている。
 先行研究により、光合成モデル生物であるシアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のDNAマイクロアレイをもちいて、低温、高温、高浸透圧、強光、酸化ストレスなどの様々な環境条件下での遺伝子発現の変化が網羅的に解析された。その結果、多数の未知タンパク質をコードする機能未同定遺伝子の発現が、顕著に誘導されることが明らかにされた。これら機能未同定遺伝子の解析は、光合成生物の環境適応機構の理解に必須である。そこで、これらのストレス応答性の機能未同定遺伝子のうち光合成生物のゲノムにのみ保存され、特に植物では葉緑体に局在すると予想される122個の遺伝子を選別した。
 私はこれら122個の遺伝子の中でも特にストレス応答性が高い遺伝子である、slr1674とそのオルソログであるslr1638について注目し、機能解析を行った。
 さらにslr1674slr1638以外の100個近い機能未知遺伝子については、それぞれのクロロフィル蛍光波形のパターンやストレス条件下での光合成能を比較し、グループ化することを目的とした。

<方法>
■Δslr1674、Δslr1638表現型の解析
カナマイシン耐性遺伝子によってそれぞれの機能未知遺伝子をノックアウトした変異株ライブラリが作製済みであり、それらの表現型を野生株のそれと比較することで機能未知遺伝子の機能を推測した。通常の培養条件に加え、高塩ストレス(NaCl 0.5 M)条件での生育速度を細胞濁度、またクロロフィル濃度を基準として野生型と変異株で比較した。さらに酸素電極による酸素発生、また、クロロフィル蛍光の2次元画像の時間変化を測定する機械であるFluorCamによる蛍光パターンの測定を通して光合成能を計測した。
■機能未知遺伝子のグループ化
FluorCamを用いて通常培養条件下と高塩ストレス下での蛍光パターンの特徴とマイクロアレイの遺伝子発現パターンの結果を合わせてグループ分けを行う。

<結果・考察>
 slr1674は酸化、高塩、高浸透圧、高温の各ストレスで20倍以上に発現が増加するストレス誘導性遺伝子である。一方slr1638はストレスによる応答性はslr1674に比べて小さく、比較的構成的に発現する遺伝子であった。slr1638のホモログはProchlorococcus marinus MIT9313に代表される海洋性のシアノバクテリアのゲノムでは、膜タンパク質のプロセシングを触媒するリーダーぺプチダーゼB(lepB)とオペロンを作っていることがわかった。Synechocystisのマイクロアレイの結果から、その発現プロファイリングによる全遺伝子のクラスタリングを行ったところ、slr1638遺伝子の発現はlepBと極めて類似していることも示された。slr1674slr1638遺伝子によりコードされるタンパク質はそれぞれ13kDa、12.3kDaの可溶性タンパク質と予想されている。カナマイシン耐性遺伝子の挿入によりslr1674slr1638それぞれの遺伝子の破壊を試みたところ、両遺伝子は完全にノックアウトできたことから、これらの遺伝子は生存に本質的なものでないことがわかった。しかし野生株と欠損変異株Δslr1674、Δslr1638の生育、クロロフィル増加を比較したところストレス条件下では細胞が対数増殖期に入る前の初期段階で、クロロフィル増加に遅れが見られ、その遅れは野生株で5時間ほどだったのに比べ、 Δslr1674株では10時間、Δslr1638株では12.5時間と遺伝子欠損株では2倍以上の遅れが見られた。(図)しかし長期培養した場合では変異株でも野生株とほぼ同程度まで細胞数を増やすことが観察された。よってこれらの遺伝子は環境適応の初期段階で働き、細胞が環境に素早く順応するのを助けている可能性が示唆された。またΔslr1674、Δslr1638は光に非常に敏感であり、さらに前述したようにslr1638のホモログは膜タンパク質のプロセシングを行う酵素であるlepB遺伝子と共転写されることから、この2つの遺伝子は光合成の修復系に支障がある可能性が示唆された。そこで、環境ストレスによる光合成活性の障害からの修復過程に着目し、現在酸素電極やFluorCamによる光合成能の測定を行っている。卒業研究発表ではこの結果も報告する。
 また、slr1674slr1638以外の機能未知遺伝子欠損株についてはFluorCamを用いて蛍光パターンを解析することにより100個近くある機能未知遺伝子をグループ化し、今後の個々の機能未知遺伝子のより詳しい機能解析に役立てたい。


©2007 筑波大学生物学類