つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310786

アナナスショウジョウバエ類における性フェロモン認識の遺伝学的解析

田中 麻郁 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:小熊 譲 (筑波大学 生命環境科学研究科)


<背景と目的>

 Drosophila ananassaeDrosophila pallidosaは近縁種であり、フィジーやサモア、トンガ等では同所的に生息しているが、 2種の間には性的隔離以外の生殖隔離が顕著ではない。従って、これらの種の存続には性的隔離が重要であり、 また性的隔離が2種の種分化にも深く関わっていた可能性が示唆される。さらに、これら2種にはいずれも、雌が未交尾のまま雌を産む単為生殖系統がある。単為生殖系統では、減数分裂によって卵が作られる過程において、染色体の倍化が起こる。
 当研究室では、D. ananassaeD. pallidosaの単為生殖系統を交配し、雑種に由来する種間モザイクゲノム系統を確立している。この系統は、2種に由来する染色体をホモ接合に持っている。本研究では、種間モザイクゲノム系統雌と、性フェロモン認識において劣性のD. ananassae雄を 交配してモザイクゲノムへテロ雄を得た。これを用いて、D. ananassaeおよびD. pallidosaの雌に対する雄の求愛指数を測定した。求愛指数と染色体の構成を比較・分析することで、雄が雌を認識するのに重要な遺伝子が染色体のどの領域にあるのかを判定でき、 最終的には、雄における雌性フェロモンの認識を支配する遺伝子を同定することを目指す。

<材料と方法>

 D. ananassaeのAABBg1系統 (以下D. ananassae)、D. pallidosaのTBU155系統 (以下D. pallidosa)、D. ananassae IM系統とD. pallidosa BR系統に由来する単為生殖種間モザイクゲノム系統を使用した。この単為生殖種間モザイクゲノム系統雌とD. ananassae雄を戻し交配することで、2種の染色体の一部をヘテロ接合で持つモザイクゲノムへテロ個体を作った。羽化後8時間内に、モザイクゲノムへテロ個体については未交尾の雄、D. ananassaeD. pallidosaの2種については未交尾の雌を、麻酔なしで選別し、それぞれ餌ビンに入れた。3日齢のときに一度新しい餌ビンに移した。このとき、雄は1匹ずつ、雌はそのまま新しい餌ビンに移し代えた。5日齢のハエを実験に使用し、このときに雌の体表面の性フェロモンを壊さずに、かつ雄の求愛に反応できないようにするために、実験の直前に雌を−40℃で10分間冷凍死させた。D. ananassae雌およびD. pallidosa雌に対するモザイクゲノムへテロ雄の求愛行動を9:00〜15:00の間で10分間観察し、求愛指数(CI)を計算した。これを統計処理することで、雄が雌を認識するのに重要な染色体領域を判定する。

<結果と考察>

 各系統の染色体構成と、D. ananassaeD. pallidosaそれぞれに対する求愛指数を計算した(表1)。D. ananassaeへの求愛指数は、系統によって相違がある。また、例外はあるが、D. ananassae由来の染色体をホモ接合で持つ部位が多いほど、D. ananassaeへの求愛指数が増加している。さらに、染色体部位ごとに、D. ananassae由来の染色体をホモ接合で持つものと、D. ananassae由来の染色体とD. pallidosa由来の染色体をヘテロ接合に持つもので、求愛指数を比較した(表2)。第2染色体左腕(2L)と第3染色体右腕(3R)において、差が大きい。従ってこの部位が性フェロモン認識に深く関わっていることが示唆される。

<表1 各系統の染色体構成とD. ananassae雌、D. pallidosa雌それぞれに対する求愛指数>


a/a: D. ananassae由来の染色体をホモ接合で持つ
a/p: D. ananassae由来の染色体とD. pallidosa由来の染色体をヘテロ接合で持つ
a/a領域: D. ananassae由来の染色体をホモ接合で持っている領域の数
CIa: D. ananassae雌に対する求愛指数
CIp: D. pallidosa雌に対する求愛指数
CI(%)=雄が求愛していた時間の合計/(観察時間−潜在時間)×100


<表2 染色体部位ごとのD. ananassae雌、D. pallidosa雌それぞれに対する求愛指数>


CIa: D. ananassae雌に対する求愛指数
CIp: D. pallidosa雌に対する求愛指数
a/a ホモ: D. ananassae由来の染色体をホモ接合で持つもの
a/p ヘテロ: D. ananassae由来の染色体とD. pallidosa由来の染色体をヘテロ接合で持つもの


©2007 筑波大学生物学類