つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310791

ハマキコウラコマユバチにおける餌探索と植物成分の学習

根岸 典子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:戒能 洋一 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的
 ハマキコウラコマユバチ(Ascogaster reticulata Watanabe、以下ハチ)は、 チャの重要害虫であるチャノコカクモンハマキ(Adoxophyes honmai)の卵-幼虫寄生蜂である。 ハチは、寄主卵塊を報酬として植物成分の連合学習ができることが 知られており、自然界ではこの学習能力を利用し効率よく寄主探索行動を行っていると考えられている。 また、生存戦略において重要な餌探索行動においても植物成分を学習することが一部の寄生蜂では知られている。
 本研究ではまず、ハチにおける餌と植物成分の連合学習法を確立するため、 より効率の良い学習の条件を調べた。 次に、ハチの生理状態が変化することにより、餌探索行動も変化するか否かを調べた。 さらに、雌蜂においては、生理状態による寄主探索行動と餌探索行動の選択性の変化を調べた。
方法
 ハチは25℃室内条件下で人工飼育を行った。雌雄ともに、 羽化してから蜂蜜と水の入ったケージで飼育をし、3日齢の成虫を実験に使用した。
 条件付けでは、ガラスシャーレにチャ葉抽出成分を線状につけ、中央部分に蜂蜜を1滴置き、ハチをそのシャーレの中に放して吸蜜させた。 また、寄主卵塊と植物成分の条件付けでは、シャーレに線状に付けたヤマモモ葉抽出成分上に卵塊を置き、雌蜂を放して産卵させた。 吸蜜、産卵は1分間x3回行い、間隔は10-30分とした。 検定は翌日行い、線状に付けた植物成分の上を何cm歩行するか計測し、学習効果を調べた。
 絶食時の水の有無が学習に与える影響を調べるため、6時間絶食中に、 水を自由に飲ませた個体と全く飲ませない個体を用意し、条件付けを行った。 次に、絶食時間を3時間と6時間としたハチの学習効果を調べた。 このとき、先の実験で絶食時の水の有無によって得られた学習効果が異なったため、効果の高い方の条件で行った。
 検定時のハチの生理状態(満腹・空腹)によって、歩行距離が変化することを示すために、 条件付けを行った翌日に、餌を与えてすぐに検定を行ったもの(満腹)と、 餌を与えた後に絶食させてから検定を行ったもの(空腹)を比較した。
 雌蜂において、生理状態が変化することで、寄主探索行動と、餌探索行動を選択しているのかどうかを実験した。 6時間水なしで絶食させておいた雌蜂に、餌とチャ葉抽出成分、寄主卵塊とヤマモモ葉抽出成分の条件付けを交互に行った。 翌日、餌を与えて満腹状態にさせたものと、餌を与えず空腹状態にさせたものに分けて検定を行い、結果を比較した。
結果・考察
 絶食時に水が無い場合の方が、ある場合よりも植物成分上の歩行距離は有意に長かった。 また、絶食時間が3時間と6時間では、歩行距離に有意な差は見られなかったが、条件付けの途中で吸蜜を止めてしまい、 条件付けが成立しない割合が3時間絶食では高くなった。 条件付けが成立する割合は、6h♂:82.5%、6h♀:82.5%、3h♂:38.9%、3h♀:65.5%だった。 これらのことから、6時間水無しで絶食させたものが効率の良い学習の条件として適当であると考えられる。
 満腹状態と空腹状態では、雌雄ともに有意に歩行距離が変化した。 このことから、満腹状態の時には餌探索行動を行わず、 空腹状態になると、学習した情報を引き出して、餌探索を行うことが分かった。 検定時の歩行距離に雌雄で差が見られたのは、雄蜂は雌蜂よりも餌に対する欲求が強いために、 雄蜂の学習効果が高いためだと考えられる。
 雌蜂における寄主探索行動と餌探索行動の選択では、 満腹状態の雌蜂は、ヤマモモ葉抽出成分に選好性を示し、 空腹状態になるとヤマモモ葉抽出成分とチャ葉抽出成分の選択率に差は無くなった。 このことから、生理状態によって餌探索を行うかどうかを決定しているだけでなく、 寄主卵塊と餌を示す匂いを両方提示された場合においては、 生理状態の変化によって選好性を変化させることが分かった。 雌蜂は、効率的に多くの子孫を残すため、自身の生理状態の変化に合わせて、 餌探索や寄主探索といった行動を選択しているものと思われる。
 


図1 ハマキコウラコマユバチの産卵行動


図2 検定の様子


©2007 筑波大学生物学類