つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310795

クラミドモナスの高CO応答タンパク質H43の機能解析のための相同性組換え系の構築

馬場 将人 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:白岩 善博 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景と目的
 単細胞藻類Chlamydomonas reinhardtiiは、外界の環境変化に対する多様な適応機構を有することが知られている。特に本藻は、遺伝学的手法による解析が可能であり、近年ではゲノム配列、EST解析結果も利用できることから、光合成研究のモデル生物として良く用いられており、外界のCO2濃度に対する応答については長年詳細な研究が行われてきた。本藻は高CO2通気条件下で、タンパク質H43(High-CO2 inducible 43-kDa protein)を特異的に de novo合成することが分かっており、この分子は高CO2環境に対する適応機構への関与が推測されている。先行研究により明らかにされたH43のcDNA配列から、H43は海産性緑藻Chlorococcum littoraleにおいて極端な高CO2(20% CO2)および鉄欠乏条件で発現が誘導されるHCR1と最も高い相同性(identity,31%)をもつことが示されている。しかし、HCR1は機能未知タンパク質であったため、相同性検索によってH43の機能は推定できなかった。これまでにも、様々な角度から本藻におけるH43の役割についての解析が行われてきたが、H43の生理機能解明には至っていない。そのため、H43の機能解析を行うためには、その欠損変異株を作製することが不可欠であると考えられる。
 本藻における変異株作製には一般に遺伝子タギング法が用いられているが、これは非相同的な組換えによる方法であるため、変異株の選別は表現型などを利用して行う必要がある。しかしながら、新規タンパク質であるH43は、その有無を識別する方法が未だ確立されていない。そのため、従来法によるH43欠損変異株の作製は非常に困難であった。これに対し近年、相同性組換えに用いるDNAの形態を一本鎖DNAとすることにより、二本鎖DNAに見られる高頻度の非特異的な相同性組換えを回避できることが発見され、本藻における相同性組換えの新しい可能性が提示されてきている(Zorin et al., 2005)。そこで本研究ではこの知見を基に、変異株を用いたH43の機能解析を行うための、相同性組換えによる任意遺伝子欠損変異株作製法の確立を試みた。


結果と考察
 本研究では、C. reinhardtiiへの形質転換はガラスビーズ法で行い、変異株の選別は抗生物質Paromomycinを利用して行った。始めにこれらの最適条件を検討した。その結果、細胞数が108に対して1μgのDNAを添加した条件下で、添加したDNAと細胞を撹拌する時間が20秒の時に形質転換効率が最も高いことが分かった。寒天または液体培地中のParomomycin濃度がそれぞれ20μg/mlまたは5μg/mlの時に、野生型が致死、かつ変異株が生存限界となった。以上の結果から得られた最適条件下で、形質転換および薬剤による変異株の選別を行った。
 H43欠損変異株の作製は、ゲノム上のH43遺伝子にParomomycin耐性遺伝子を挿入する方法で行った。薬剤耐性遺伝子aphVIIIの上流、下流にPCRによって増幅したH43遺伝子の5’末端、および3’末端の配列を付加したベクターDNAを作製し、これをpsIK3S2と命名した。psIK3S2を導入した大腸菌転換体にM13ヘルパーファージを感染させ、従来法により一本鎖psIK3S2を抽出した。しかしながら、二本鎖psIK3S2の混入が確認されたため、一本鎖psIK3S2を4×TAEバッファー中で低融点アガロースゲル電気泳動後、ゲル切片からフェノール抽出し精製した。この一本鎖psIK3S2をC. reinhardtiiへの形質転換に用いた。
 psIK3S2を導入したコロニーからのゲノムDNA抽出は、大腸菌のプラスミド抽出プロトコルを転用することで、簡便かつ十分量得られた。抽出ゲノムDNAを鋳型として、二種類のプライマーセットを用いたPCRを行うことにより、ゲノム上のH43遺伝子へのParomomycin耐性遺伝子の挿入を簡便に確認する方法が確立できた。
 上記の方法により、C. reinhardtiiへの形質転換および変異株の選別を行った。現在までに100μgの一本鎖psIK3S2を用いて10度ガラスビーズ法により形質転換を行い、薬剤耐性をもった形質転換体を12クローン得たが、いずれもParomomycin耐性遺伝子を挿入したH43遺伝子は非相同性組換えによりゲノム上に導入されていたことが分かった。今後も引き続きこの方法によってH43欠損変異株の作製を試み、取得後はこれを利用したH43の生理機能解析を行う予定である。


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