つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310796

自然免疫応答を制御する膜型受容体であるMAIR-Vのリガンド同定

人見 香織 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:澁谷 彰 (筑波大学 人間総合科学研究科)

<背景>
 自然免疫応答は生体内の最前線で働く防御システムであり、このシステムには生体に浸潤した病原体にすばやく対応するための活性化機構と過度の活性による生体への損傷を回避するための抑制機構が存在し、これにより生体の恒常性が維持される。
 MAIRは、自然免疫応答を担う骨髄球系細胞に発現する膜型受容体のファミリーで、マウスの11番染色体上に位置しており、9つの分子からなる。MAIRファミリーの分子は細胞外に1つの免疫グロブリン様ドメインを持っており、細胞外領域は相同性が高いが、細胞内領域は異なっており、抑制性シグナルを伝達するimmunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif (ITIM)をもつ分子と、活性化シグナルを伝達するimmunoreceptor tyrosine-based activation motif (ITAM)をもつアダプター分子と会合する分子が存在し、MAIRはファミリーで骨髄球系細胞の活性化を制御していると考えられる。MAIRファミリー分子のうち、MAIR-Vはマウス脾臓の顆粒球、樹状細胞、マクロファージ、肥満細胞といった骨髄球系の細胞にmRNAレベルでの発現が確認されており、細胞内領域に2つのITIMと1つのimmunoreceptor tyrosine-based switch motif (ITSM)を有している。ITSMは会合する分子により活性化、または抑制性のシグナルを伝達することがNK細胞およびT細胞で報告されているが、骨髄球系細胞における働きは全く明らかにされていない。また、骨髄球系細胞の活性化機構は詳細に解析されているが、抑制機構については未だ不明な点が多く残されている。

<目的>
 本研究では、骨髄球系細胞におけるITIMおよびITSMを介したMAIR-Vシグナルが、生体内でどのような役割があるのかを明らかにすることを目的として、MAIR-Vリガンドを同定することを試みた。
  
<方法>
1,MAIR-V-Fcキメラ蛋白の作製
 MAIR-Vリガンドの発現局在をフローサイトメトリー法で解析するため、MAIR-Vの細胞外領域とヒトIgG1のFc領域を融合させたMAIR-V-Fc蛋白を作製した。
 MAIR-VのcDNAからMAIR-Vの細胞外領域をPCRにより作製し、ヒトIgG1のFc領域発現ベクターに組み込みMAIR-V-Fc発現ベクターを構築した。MAIR-V-Fc発現ベクターは、ヒト胎児腎細胞(293T)にDEAE-Dextran法で遺伝子導入し、細胞上清中に産生されたMAIR-V-Fc蛋白をProtein Aカラムを用いて精製した。得られた蛋白はSDS-PAGE法により純度を確認し、また、抗MAIR-Vモノクローナル抗体を用いたELISA法によりMAIR-Vの高次構造を確認した。

2,C57BL/6マウスの脾臓細胞におけるMAIR-Vリガンドの発現解析
 MAIR-V-Fcと各細胞系列特異的モノクローナル抗体を用いてマウスの脾臓細胞を多重染色しフローサイトメトリー法でMAIR-Vリガンドの発現を解析した。

<結果>
1,MAIR-V-Fcキメラタンパクの作製
 450 mlの細胞培養上清から765ugのMAIR-V-Fcを得た。SDS-PAGEの結果より、予想した約180kDaの分子量で純度が高い蛋白であることを確認した。さらに、ELISA法により、この蛋白が異なる3クローンの抗MAIR-Vモノクローナル抗体に認識され、MAIR-Vの高次構造が保持されていることを確認した。

2,C57BL/6マウスの脾臓細胞におけるMAIR-Vリガンドの発現解析
 C57BL/6マウスの脾臓細胞のCD11c陽性樹状細胞、B220陽性CD11c陽性形質細胞様樹状細胞および辺縁帯B細胞においてMAIR-Vのリガンドの発現が見られた。これらの細胞はFc受容体陽性であるため、非特異的な結合が懸念されたが、抗MAIR-Vモノクローナル抗体存在下ではMAIR-V-Fcのこれらの細胞への結合が阻害されるため、この結合は特異的であることを確認した。

<考察>
 本研究では、MAIR-Vリガンドが樹状細胞およびB細胞に発現していることを明らかにした。
 受容体であるMAIR-Vは、顆粒球においてmRNAの発現が高いことが観察される。MAIR-Vリガンドが発現する樹状細胞は、T細胞へ抗原を提示する抗原提示細胞としての機能がある。一方、MAIR-Vが発現する顆粒球とMAIR-Vリガンドが発現する樹状細胞は、共に病原体が生体内に浸潤した早期に動員され、顆粒球と未熟な樹状細胞の直接的な相互作用により樹状細胞の成熟が促進されることが報告されている。樹状細胞はT細胞だけでなく、顆粒球とも相互作用して免疫応答を制御することが考えられる。MAIR-VがMAIR-Vリガンドを認識して顆粒球の活性化を制御するという新しい免疫制御機構が存在することが期待される。
 今後は、MAIR-Vリガンドが発現している細胞株からcDNAライブラリを作製し、発現クローニング法によりMAIR-Vリガンド遺伝子を単離する。そしてMAIR-VとMAIR-Vリガンドの相互作用によりMAIR-VまたはMAIR-Vリガンドへどのようなシグナルが伝達されるのかを解析し、MAIR-Vの生理的な機能を解明する。


©2007 筑波大学生物学類