つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310797

インフルエンザウイルス感染に対する自然免疫の役割

日野 重明(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:永田 恭介 (筑波大学 人間総合科学研究科)

<背景・目的>
 インフルエンザウイルスは流行性感冒の原因ウイルスであり、毎冬の流行期では多くの人々が罹患する。また、新型インフルエンザウイルスの出現は世界規模の大流行をおこす。最近では、新型トリインフルエンザウイルスの世界的な流行が懸念されている。哺乳類のウイルス感染に対する生体防御系は自然免疫系と獲得免疫系である。獲得免疫は、成立するまでに感染後4日から7日を要する生体防御反応である。自然免疫は病原微生物に特有の分子構造を認識する、迅速な生体防御反応である。主にマクロファージや樹状細胞によって担われ、膜タンパク質受容体であるToll-like receptorファミリーにより病原体が認識され、その情報がシグナル伝達されることで、抗ウイルス活性をもつⅠ型インターフェロン(IFNα/β)が産生される。Ⅰ型IFNはウイルス感染を受けていない細胞に作用して、100種類以上の遺伝子群の発現を誘起する。IFN誘導合成産物のうち、抗ウイルス効果を担っている1つがMxファミリータンパク質である。マウスのMx1はインフルエンザウイルスに抵抗性を持つマウスから発見された。Mx1のヒトホモログであるMxAは培養細胞を用いたin vitroでの解析から、インフルエンザウイルスに感染した細胞のアポトーシスを促進することで、抗ウイルス作用を示すことが示唆されている。MxAによるアポトーシスの促進は、アポトーシスにおいて中心的な役割をするcaspase系の他に、ERストレス応答の経路により促進されることが示唆されている。ERストレス応答は、ER内に立体構造の異常なタンパク質が蓄積していることを感知し、タンパク質合成の抑制、ERシャペロンタンパク質Bipの発現促進、およびアポトーシスによる異常細胞の除去を行う一連の反応である。また、インフルエンザウイルスは個体に感染する際、まず気道および肺に感染するが、最初に感染した細胞から産生されたウイルス粒子がどのような経路をたどり、感染部位を広げていくのかについては不明な点が多い。ウイルス粒子の組織内での拡散は、感染細胞近隣の非感染細胞におけるMxAを含めたIFN応答遺伝子群の発現が影響すると予想される。組織内におけるウイルス感染細胞とMx発現細胞の局在を見ることにより、この影響を調べることができる。
 上述のように、MxAはBipに作用することでその働きを阻害し、ERストレスを促して、細胞をアポトーシスへと導くことが予想されるが、詳細な機構は解明されていない。そこで本研究の目的の一つは、MxAがERストレス誘導性アポトーシスを促進していること示すことである。個体を用いた解析では、リンパ球による免疫応答も関与することから、Mxや他のIFN応答遺伝子産物だけの効果を議論することができない。従って、気道および肺組織からリンパ球を排除した状態をつくる目的で、切片培養系用いた感染系を確立することとした。

<材料・方法>
 Bip発現によるアポトーシス細胞の割合変化の検討:MxAを恒常発現しているマウス繊維芽細胞Swiss 3T3-MxAにFlagタグ融合Bip発現ベクターをリポフェクション法により遺伝子導入し、20時間培養後、培地にERストレス誘導剤であるツニカマイシンを添加した。さらに24時間培養後、細胞を回収し、抗Flag抗体、およびFITC標識二次抗体で免疫染色した。その後、フローサイトメトリー(FACS)を用いFlagとPIの蛍光強度を測定し、解析した。
 切片培養および標本作製:C57BL/6マウスの腹胸部を切開し、肺を生理食塩水で潅流した後、アガロースを気道から注入した。アガロースが固まった後、気道および肺を取り出し、ティッシュ・チョッパーを用い500μmの厚さのスライスを作製して、メンブレン上で培養した。培養したスライスから組織標本を作製し、HE染色により組織の状態を確認した。Influenza virus A/PR/8/34株を経鼻感染させたマウスから気道及び肺の組織標本を作製し、抗NP抗体を用い免疫染色を行った。

<結果・考察>
 Bipを発現させたSwiss 3T3-MxA細胞はERストレス下において、アポトーシスを起こす細胞の割合が減少した。さらにこの減少はBipの発現量が高い細胞で起こることがわかった。これは、過剰量のBipによってMxAにより促進されるアポトーシスが抑制されたことを示す。従って、MxAはBipに作用することによりERストレスを助長して、細胞をアポトーシスに誘導していることが示唆された。
 気道および肺の切片培養では、培養0時間に比べ、6時間後では上皮細胞の一部が死んで剥離してしまうが、6時間から24時間後までは残りの細胞は剥離せずに培養することができた。培養初期に上皮細胞が剥離する現象は、培地中に含まれている血清の影響であると考えられる。現在、上皮細胞を正常に培養するための培地の条件を検討中である。また、経鼻感染させたマウスの気道および肺の組織標本の免疫染色は、現在条件を検討中である。

<展望>
 ERストレス応答によるアポトーシス誘導経路の中で、MxAが作用する段階について詳しく解析を進めていく予定である。
 切片培養では、組織が正常に培養できる条件を整え、スライスにウイルスを感染させるための条件を検討する。その後、最初に感染した細胞から産生されたウイルス粒子が、どのようにまわりの細胞に感染していくのかを調べるとともに、Mxを発現するマウスを材料にして切片培養を行い、組織内におけるMxの発現と機能について解析する計画である。



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