つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310798

刈り取りの有無がススキの生長に与える影響

藤田 貴憲 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鞠子 茂 (筑波大学 環境科学研究科)

● 背景
 ススキ(Miscanthus sinensis)は大型の多年生草本である。本種を優占種とするススキ草原は、日本を代表する草原であり、火入れや刈り取りによって維持されて半自然草地となる。ススキは、生長末期に地上部から地下部へと光合成産物や栄養塩を回収して地下茎に蓄える。刈り取りによる地上部リターの除去は、これらの物質の回収を阻害すると言われている。
 しかし、近年では刈り取られたススキの畜産的利用の減少や人手不足からこうした管理がなされなくなってきている。この管理放棄は、ススキ草原から森林への遷移の進行をもたらすものと考えられる。その過程で、ススキは貯蔵物質回収が十分に行われるため、翌年の生長は刈取の時と異なる可能性がある。だが、草原の中では、ススキの生長に影響を与える要素が多数考えられ、それらすべてを一度に検討することはできないであろう。そこで本研究では、刈り取りの有無がススキの生長にどれだけの影響を与えうるかを知るため、特に地下茎の貯蔵物質に焦点を絞って調べることを目的とした。

● 方法
 調査地は、筑波大学菅平高原実験センター内に管理されているススキ草原で行った。同センター内には、昨年から刈り取りの管理を放棄した放任区が設けられているため、刈り取り放棄による1年目の変化を見ることができる。
 2006年4月に同センター内の刈り取り区と放任区のそれぞれから1平方メートル内に存在するススキ地下茎を採取した。採取した地下茎は昨年に形成されたものから5年ほど前のものまでが残っていたが、ここでは1〜5年生までが連なる地下茎を39個採取した。そのうち13個の地下茎は乾燥機に入れて60℃で3日間乾燥し、初期値としての窒素含量と炭素含量の分析に供した。この分析データは生長初期における貯蔵物質の減少量の測定ために用い、窒素と炭素の含量の分析はCNアナライザー(SUMIGRAPH NC 900)を用いて行った。残りの26個体は菅平高原実験センター内の裸地で、同所から得た土とともにポットに植えて栽培し、貯蔵物質がほとんど消費される6月と、光合成生産が終わる10月にサンプリングした。採取したススキは葉、稈、当年地下茎、旧地下茎、新根に分別し、60℃で3日間乾燥させたのち重量を測定した。また、より詳細な地上部バイオマス生長の季節的変化を明らかにするために、ポット植えしたススキの草丈、地際径、シュート数を13個体ごとに測定した。同時に、草原に生育するススキを採取して、草丈×地際径と地上部バイオマスの関係式を求め、この式を用いてポット植えしたススキのバイオマス生長を計算した。
 また、刈り取り区と放任区で生長初期の地下茎内貯蔵物質の差が生じる要因として、リターの有無によって土壌中無機窒素量の違いが生じるかと、リターから貯蔵器官への回収量の差が生じるかの2点を検証した。土壌性質の差は刈り取り区と放任区から深さ30cmまでの土壌コアを回収し、10cm毎の無機窒素含有量を測定した。貯蔵器官への回収量の差は、10月に刈り取りを行った区と11月に刈り取りを行った区での地下茎内の性質の差を、CNアナライザーを用いて測定した。また、乾燥土壌の土壌炭素含有率及び窒素含有率を測定した。

● 結果と考察
 刈り取りの有無が地下茎における炭素含量と窒素含量に与える影響を明らかにするために、4月に採取した地下茎の分析データを使って検定を行った。その結果、炭素含量では有意な差は見られなかったが(P>0.05, n=7, t検定)、窒素含量では有意な差があり(P<0.05, n=7, t検定)、放任区の方がより多くの窒素を貯蔵している傾向が見られた。
 次に、ポット植えしたサンプルの地上部バイオマスの生長量を比較すると、6月から7月にかけて放任区の生長量が非刈り取り区の生長量を大きく上回った(下図)。
 その他に、初期貯蔵物質の窒素含量の差を生んだ要因について検討するとともに、地上部生長量の差を生んだメカニズムについても生長解析を用いて検討した。


 図 地上部バイオマスの日数変化


©2007 筑波大学生物学類