つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310803

転写因子FOXOの過剰発現による脂肪細胞の分化解析

宮原 彩香 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:坂本 和一(筑波大学 生命環境科学研究科)

<背景・目的>
 転写因子FOXOは、細胞周期やアポトーシス、DNA修復などを担うガン抑制遺伝子としてよく知られている。また、細胞の老化や寿命、酸化ストレス防御などへの関与も報告されており、FOXOは細胞の生存と死に多面的に関わっていることが考えられている。さらに、近年の研究でFOXOが細胞の分化や代謝においても深く関与することが明らかとなった。一方で、肥満に伴う脂肪細胞の分化や肥大化、ホルモン分泌の変化などが生活習慣病の一因となることが示唆されている。これまでにPPARγやC/EBPなど、脂肪細胞の分化に関する主要な転写因子がいくつか知られているものの、分化調節の分子機構の詳細についてはまだ不明な点が多い。
 当研究室では、脂肪細胞の分化に対するFOXOの生理機能に注目し、FOXOの作用と作用メカニズムを明らかにするために研究を行っている。これまでに、FOXOサブファミリーの1つであるFOXO1が脂肪細胞のマスターレギュレーターであるC/EBPαの転写活性を抑制するという報告(Dev Cell. 2003;4:119-29、Nat Genet. 2002;32:245-53)がされているが、その詳細な分子機構は明らかにされていない。そこで本研究では、脂肪細胞においてFOXOタンパク質を過剰発現させることにより、脂肪細胞の分化に対するFOXOサブファミリーの作用と作用分子メカニズムを明らかにすることを目的とした。  

<方法>
 マウス脂肪前駆細胞3T3-L1に効果的に遺伝子を導入し、FOXOタンパク質を過剰発現させるために、アデノウイルスを用いた遺伝子導入の系を用いることとした。まず、完全長のアデノウイルスゲノムを持つコスミドベクターに、CMVプロモーターとFOXO1またはFOXO3aの全長のcDNAを挿入した組み換えコスミドを作製した。この組み換えコスミドを制限酵素BspT104Iで消化後、リポフェクション法を用いて293細胞にトランスフェクションし、アデノウイルスを作製した(図)。次に作製した組み換えアデノウイルスを2次、3次、4次、5次と増幅培養し、高力価のウイルス液を調製した。
 得られたウイルス液と既に作製されていたRNAi 用のアデノウイルス液をマウス脂肪前駆細胞3T3-L1に分化前と分化後(分化4日目)に時期別にインフェクションし、各FOXOファミリーのタンパク質の過剰発現またはRNAのノックダウンを行うことにより、分化に対する効果を形態的に観察した。また、同様にウイルスをインフェクションした3T3-L1脂肪細胞から分化8日目にRNAを抽出し、RT-PCR法によりアディポネクチンなどのアディポサイトカインの遺伝子発現の変化を調べた。        

<結果・今後の展望> 
 まず、目的遺伝子をコスミドベクターに組み込む段階でなかなかコスミド構築の成功したコロニーを得ることができなかった。組み換えコスミドが得られた後にアデノウイルスを作製し、4次ウイルス液まで増幅培養を行ったが、予想よりはるかに低いウイルス力価しか得られなかった。さらに、この4次ウイルス液をFOXOの標的配列(IRS)を持つルシフェラーゼ発現ベクターと共にHela細胞に導入し、ルシフェラーゼアッセイ法によりFOXOの転写因子活性を調べたところ殆ど活性が確認されなかった。これは、アデノウイルスを293細胞にインフェクションした際に、ウイルスが増殖するより早くFOXOがホスト細胞のアポトーシスを誘導したために、充分にウイルスの増幅ができず、高力価のウイルス液が得られないものと考えられた。一般に、FOXOタンパク質は、インスリンシグナル経路を介してリン酸化されることにより不活性化することが知られている。そこで、2次ウイルス液の調整から培地にインスリンを加え、改善を試みたところ、4次ウイルス液を用いてFOXOの転写活性が確認できる程度にまでウイルス力価を上昇させることができた。しかし、予想される値よりも 104〜低い力価しか得られなかったため、今後とも原因を追究し改善する必要がある。現在は、さらに増幅培養を行い、5次ウイルス液の作製を行っているところである。
 さらに、FOXO過剰発現ベクターの作製と平行して、既に作製されていたRNAi用のアデノウイルスベクターを用い、脂肪細胞の分化に対するFOXOの生理機能の解析を行った。その結果、FOXO1のmRNAをノックダウンした場合、3T3-L1細胞の分化が抑制されることが明らかとなった。一方、FOXO3aのmRNAをノックダウンした場合にはあまり分化に対する影響がないことが形態的に観察された。現在、これらのFOXO RNAi導入細胞からRNAを抽出し、アディポネクチンや転写因子PPARγなどの遺伝子を中心に遺伝子発現解析を行い、脂肪細胞の分化に対するFOXOの作用機序の解析を進めている。

     
©2007 筑波大学生物学類