つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310806

競争時におけるマルハナバチの採餌域の重複度を決める要因: 室内実験系の確立

谷中 智紀 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:大橋 一晴(筑波大学 生命環境科学研究科)

◆ 背景と目的
 ハチ目の中には、血縁個体で構成されたコロニーを単位として生活する社会性昆虫が多く存在する。コロニーが得る利益は、それを形成する個体の適応度に影響を及ぼす。よって、社会性昆虫は採餌の際に、コロニー全体としての採餌効率を上昇させるように進化をしてきたと考えられる。例えば、アリやミツバチでは、コロニーのメンバー間で餌場の情報を交換する行動がよく知られている。
 社会性昆虫の仲間であるマルハナバチでは、コロニーのメンバー間で情報交換や協力は一切行わず、各々が採餌効率の最大化を目指す「個体主導の採餌」を行うと考えられてきた。そしてこれまでの研究で、同時に採餌を行う個体間で餌資源をめぐる競争が起こると、採餌域を移動したり、採餌対象花種を変更したりして、相手との競争を減らす(=資源を分割する)ことが示唆されている。しかし、競争相手と餌場を「譲り合う」ことがいつも適応的とは限らない。例えば、コロニーにとっての利益の最大化のためには、ハチは競争相手が自分と同じコロニー出身の場合には、違うコロニー出身の場合に比べてより積極的に競争を避け、資源分割を行うのがよい、との理論的予測がある。では、マルハナバチは、実際に相手によって資源分割様式を変えることができるのだろうか?
 本研究では、競争相手が同じコロニー出身の個体であるのか、他のコロニー出身の個体であるのかという点に着目し、マルハナバチが競争相手に応じて相手との採餌域の重複度を変えているかどうかを検証するための室内実験を行った。特に今回は検証の第一歩として、競争状態が観察可能な室内実験系の確立を目指した。

◆ 材料と方法
 本実験では、人工的に飼育されたクロマルハナバチ(Bombus ignitus)の2つのコロニー(アリスタライフサイエンス社製、および東海物産社製、各1つずつ)を用いた。実験個体には背中に番号を記入したラベルを貼付けた。実験は室内に設置された4×4×2.2mの金網製ケージ内で行った。ケージ内には、エッペンチューブ中から外部を結ぶ糸を伝ってショ糖溶液がゆっくりと分泌する人工花を4つずつ取り付けた「株」を15個並べ、両端のパッチA, Bを「餌場」とした(図1)。
   実験の1試行に使用する2個体のハチには、図1のA, Bのどちらか一方の餌場で好んで採餌を行うように、事前にトレーニングを行った。本実験では、互いに反対側の餌場を好むようにトレーニングした2個体をケージ内で8時間にわたり採餌させ、その行動を記録した。最初の4時間は、2個体(観察対象+競争相手)を競争させる採餌を行わせて、それぞれの個体の訪株回数を記録した。後半の4時間は、競争相手をケージ内から取り除き、残した観察対象の訪株回数を記録した。以上の手順に従って、合計8ペアの競争のデータを得た。

◆ 解析
 本実験系では、競争相手が集中的に採餌する餌場付近での相手との採餌域の重複を避けるほど、相手が好む餌場に近い株への訪問頻度は減少すると考えられる。そこで、自分が好む餌場付近と相手が好む餌場付近での訪株頻度の違いから、相手を避ける程度を定量化した。まず、記録した合計8ペアの全訪株回数のうち、2つの餌場の間に直線的に配置した5つの人工花株(株番号6〜10)への訪株回数のみを抽出した。これを時系列に区切り、競争・非競争時を各4つずつのデータ群に分けた。この各データ群から、株番号6〜10までについての相対訪株頻度の散布図を作成し、直線回帰によって回帰係数(傾き)を得た。この回帰係数が大きいと、ハチは相手を避けて採餌を行う傾向が強いといえる。なお、Aの餌場を好みそちらに多く訪れる場合には、回帰係数は負の値を取る。その場合は得られた各値に-1をかけることで、競争相手を避ける程度の表し方を統一した。

◆ 結果と考察
 競争相手が同コロニー出身の場合と他コロニー出身の場合とで、相手を避ける程度を比較したところ、4時間の競争が終了した時点で、前者の場合の方がより相手を避ける傾向が強かった(図2: a,b)。一方、実験開始時と非競争採餌の終了時では、両者に有意な差はなかった。これらの結果は、理論の予測通り、ハチは競争相手が自分と同コロニー出身の場合には、他のコロニー出身の場合に比べ、より積極的に競争を避けている可能性を示唆する。また、相手が同コロニー出身の場合の相手を避ける程度の推移は、先行研究の結果と一致しているため、採餌域をめぐる個体間の競争を本実験系で定量できることが分かった。
 本研究では、実験系の確立にかなりの時間と労力を費やした。そのため、実験のデータ数が十分に多いとはいえない。今後は、実験系をさらに改善して実験の試行数を増やすことを目標とする。そして競争相手が同コロニー出身の場合と他コロニー出身の場合の資源分割の違いを定量的に表すことにより、個体主導の採餌パターンしか知られていなかったマルハナバチの採餌に関する分野に新たな知見を提供したい。


図1. ケージ内の人工花株とコロニーの配置。図中の○は人工花株の位置、数字は株番号を表す。


図2. a. 競争相手が同コロニー出身の場合と、b. 競争相手が他コロニー出身の場合の、相手を避ける程度の経時変化の一例。縦軸は回帰係数、横軸は1回の実験の通算時間を表す。
 


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