つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200310808

A-Lifeで行こう!

山本 智史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:徳永 幸彦 (筑波大学 生命環境科学研究科)

<目的>
 進化は生物学の重要な概念であり、進化に於ける綱や門レベルのマクロな分岐も、元を正せばミクロな個体間相互作用や突然変異の蓄積であると一般的に述べられている。しかしそのことを解明するには、膨大な時間が必要となり、実際の生物を用いることができず、コンピュータ上で高速なシミュレーションを行うべきである。コンピュータで進化を観察するために、Artificial life(以下A-life)が提唱された(Langton 1987)。それはBiological life(以下B-life)とは異なり、in silicoな生命である。有名なものにはTierra(Ray 1992)やAvida(Adami 1994)があるが、それらは複雑な構造をしていたり、研究開発が途絶えていたりなど、利用し難いものとなってしまっている。そこで本研究ではより単純な設計をもち、遺伝子頻度や割合の移り変わりや系統関係を得るA-lifeプログラムを設計、構築する。
<システム概要>
 今回構築したA-lifeプログラムVAGUE(Vie Artificielle à Générer un Univers Evolutif)では、個体は遺伝情報として0と1の配列である直線状データを持ち、それを読み取ってゆく(図1a)。その際にCPUという演算機構が、0か1からなる4文字の組合わせを、16種類の命令として実行してゆく。また、CPUは一時的に変数を格納する4つのレジスタを持っており、数値演算などに用いている(図1b)。個体は演算を実行しながら、スタック領域にデータを書き込む。スタックは娘個体のゲノムであり、完成すると親個体は細胞質分裂を行い、娘個体が空間中に生まれる。もし、娘個体が誕生する場所にゲノム長のより小さな個体がいた場合は、殺してその代わりに入ることができるが、もしより大きな個体がいる場合は、細胞質分裂ができずに場所が空くまで待ちつづけることとなる。
 VAGUEではゲノム変異の要因として、空間中に存在するある個体のゲノムが、ある確率で変異を起こす。ゲノムに変異が起こると、その振舞いも変化する可能性があり、自己複製能を持つもの、持たぬものが現れうる。そこでVAGUEでは、自己のゲノムを完全に複製できるものを「種」とし、突然変異体が自己複製を行った瞬間を種分化と定義した。
図1.
    
 図1a:B-lifeとA-lifeの対応関係。B-lifeではDNA塩基配列がアミノ酸に翻訳されタンパク質になる。A-lifeではバイナリ配列が命令に翻訳され実行される。b:ゲノムとCPU及びレジスタの概念図。CPUはゲノムを読み取り、レジスタを使って演算を行う。

<結果及び今後の展開>
 自己複製能のみを持つ90命令長の祖先種を1個体、空間中に投入すると、始めは爆発的に増殖を行い、空間を埋めつくしていった。だが暫くするとよりゲノム長の大きい種が現れ、祖先種にとって変わり始めた。さらにその種もよりゲノム長の大きな種に駆逐されていき、徐々に平均ゲノムサイズは巨大化していった。しかし、空間の最優先種に関しては、ゲノムサイズのより大きな系統とそれよりも幾分か小さな系統が交互に最優先種を占めている様子が見られた。
 今後の展開として、ゲノムサイズ、及びその「分子的」な比較だけではなくその「表現型」の比較が挙げられる。B-lifeではゲノムから表現型を推測することは極めて難しい。しかし、人工生命ではゲノムを完全に解読することができ、その結果ゲノム配列だけでなく、ゲノムの実現する機能についても系統分類できる。その他、遺伝子重複の発生過程とその後の機能分化も直接観察可能である。さらに分子分類学的アプローチでは、coding領域と非coding領域を明確に区別できる為、系統解析時に於ける結果の比較やそれらを真の系統樹と比較することも可能となる。
 進化という観点からも様々なアプローチが可能となる。多様性の急激かつ一時的な増加といった断続平衡説的現象(Eldredge and Gould 1972)など、B-lifeの世界にしかなかった現象がin silico環境中でも見られたとしたら、最早A-lifeとB-lifeとの境界はなくり、長大な時間で起こるマクロな現象が、分子や系統といったミクロな視点から理解可能となるだろう。
 


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