つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200312255

マウス大脳皮質形成に及ぼす環境因子の影響

ウー テイン (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:桝 正幸 (筑波大学 人間総合科学研究科)                                   久野 節二 (筑波大学 人間総合科学研究科)

【背景と目的】
 発生中の大脳皮質は環境によりさまざまな影響を受ける。環境因子の一つとして放射線は、自然界の通常線量被曝ではほとんど影響しないが、医療や原子力施設での事故による被曝が皮質発生に与える生物学的影響の研究は重要である。放射線のうち日常医療で頻用されるX線について、その照射が胎児大脳皮質の細胞数の減少、細胞移動障害、細胞構築異常、及び軸索路形成異常を起こすことが知られている。  グルタミン酸は脳内の主要な興奮性アミノ酸神経伝達物質で、軸索のシナプス前終末に存在するシナプス小胞には、グルタミン酸輸送を担う小胞性グルタミン酸トランスポーター(VGLUT)が存在する。現在、VGLUT1、-2及び-3が同定され、グルタミン酸作動性ニューロンの特異マーカーとして有用である。VGLUT1は大脳皮質・海馬、VGLUT2は視床・視床下部で高発現するが、VGLUT3発現は、特定ニューロンに限局する。我々は、マウス胎仔脳で、新皮質と海馬で時期特異的なVGLUT2発現を観察し、皮質形成におけるVGLUT2の関与を示唆した (Ina et al, 2006, Neurosci Meeting Abst)。今回はVGLUT2を指標にマウス胎仔大脳皮質と海馬のグルタミン酸作動性ニューロン発生に及ぼすX線照射の影響を解析した。

【材料と方法】
 妊娠15日のICRマウスに1.5GyのX線を全身照射し、胎生16日(E16)に胎仔頭部をBouin固定した。対照群には照射と同一環境に置いた非照射の妊娠マウスの同胎齢仔(疑似照射)を用いた。組織の5 μm厚前頭断連続パラフィン切片を作成し、以下の免疫染色を行った。酵素抗体法では、抗ラットVGLUT2抗体(1:80,000)を用い、二次抗体処理後、Tyramide Signal Amplificationシステム(PerkinElmer)で染色増感し、観察した。染色の特異性を抗原ペプチド(100 μg/ml)による吸収テストで確かめた。皮質遠心性と視床皮質線維でのVGLUT2の局在の観察には、ウサギ抗L1抗体(1:2000)を用いてVGLUT2との二重蛍光免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡観察した。

【結果と考察】
 対照群(左図)の皮質では、辺縁帯と中間帯でVGLUT2陽性線維が明瞭に、脳室下帯(SVZ)に多数の弱陽性細胞が存在するが、皮質板(CP)には陽性線維はほとんどない。海馬では錐体細胞層と放射層の間と外辺縁帯に陽性細胞集団が、内包では陽性線維束が存在する。二重蛍光染色では、中間帯で視床皮質線維(二重標識)と皮質遠心性線維(L1のみ陽性)が明確に識別され、CPやSVZには存在しない。照射群(右図)の皮質では、CPに顕著な細胞脱落と異所性VGLUT2陽性線維が存在し、SVZに陽性細胞はない。内包も細胞が脱落し、細い通過陽性線維束のみ存在する。海馬では錐体細胞層が傷害され陽性細胞は無くなるが、外辺縁帯では少数残存する。二重染色では、CP内への視床皮質線維の侵入が顕著で、一方、皮質遠心性線維束は疎らで、SVZに侵入する。以上の結果からX線照射により視床皮質線維が一時結合するサブプレートニューロンが障害されCPに異所性視床皮質線維が出現したと考えられる。また、SVZでの皮質視床線維束の存在は、SVZ細胞の脱落により線維通過路が障害されたためと考えられる。

【今後の予定】
 異なる妊娠期に照射し、他の発生段階での影響を免疫染色の他、In situ hybridizationを用いて遺伝子レベルで解析する。



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