つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200319013

シロイヌナズナにおける胚発生関連遺伝子LEC1の発現制御に関する研究

入江 奈央子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:鎌田 博 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景及び目的】
 高等植物の胚発生では、受粉・受精を介して形成された単細胞の接合子が細胞分裂を繰り返し、植物個体を形成する。この胚発生の進行には遺伝子発現が空間的に制御されることが重要であることが明らかとされている。しかし、胚発生の開始を制御する分子生物学的機構の詳細は未だ解明されていない。
 現在、初期胚発生において重要な役割を持つ遺伝子として、シロイヌナズナでは、LEAFY COTYLEDON1 (LEC1)、FUSCA3FUS3)、ABSCISIC ACID-INSENSITIVE3(ABI3)、LEAFY COTYLEDON2LEC2)が知られている。これまでの研究で、LEC1がこれら胚発生特異的因子の発現に密接に関連していること、また、LEC1過剰発現体において不定胚様組織が形成されることから、LEC1が初期胚発生において重要な役割を果たしていることが示されている。しかし、LEC1欠損変異体においても初期胚発生が正常に進行することから、胚発生の開始にはLEC1よりもさらに上流の因子が重要であることが示唆される。  本研究では、LEC1プロモーター領域を特定し、その発現制御機構を解析することで、胚発生開始に重要な因子を同定することが目的である。

【材料と方法】
 本研究では、いくつかの領域に分けたLEC1プロモーターに植物特有のレポーター遺伝子であるβ-GlucuronidaseGUS)の遺伝子に融合させたコンストラクト(デリーションクローン等)を作成し、それを導入した植物個体でのGUSの発現部位を解析することとした。GUSは植物に内生的には存在せず、特定の基質と反応させることで、発現部位特異的に青色を呈するタンパクである。
pLEC1::GUSの評価
 先行研究において、プロモーター領域(転写開始点の上流850bpから、第一エキソン、第一イントロン、第二エキソンの一部を含む転写開始点の下流1200bp)とコード領域を融合させたコンストラクトをlec1-1変異体に導入すると、lec1-1に見られる変異表現型、(子葉上でのトライコーム形成や穂発芽等)が相補され、正常系になることが示されている。まずはじめに、この領域を用いたデリーションクローンについて、その発現部位を解析することで、そのプロモーター領域がLEC1の正常な発現制御に十分な機能を有するか否かを確認した。
◇デリーションクローンの作成
 先行研究の結果より、プロモーター領域である転写開始点から上流2200bp・転写開始点から上流850bp・転写開始点から上流350bpのデリーションクローンの作成を行った。また、先行研究では、第一第二エキソンと第一イントロン部分(エキソン・イントロン領域)が含まれていることから、プロモーター領域として、転写開始点の上流350bpからエキソン・イントロン領域である転写開始点の下流1200bpの領域と、エキソン・イントロン領域のみである転写開始点から下流1200bpおよび第一エキソン・第一イントロン領域のみである転写開始点から下流500bpのデリーションクローンを作成した。

【結果と考察】
pLEC1::GUSの評価
 先行研究において機能相補が示された領域を持つpLEC1::GUS形質転換体におけるレポーター遺伝子の発現部位を解析した。その結果、LEC1の発現が既に確認されている胚・胚乳において染色が見られた(Fig.1)。また、LEC1の発現が報告されていない葉・茎・実生・花・つぼみでは染色がみられなかった。さらに、先行研究で用いられたDNA領域には第一エキソンから第二エキソンまでの領域が含まれ、第一イントロン領域に基本転写配列であるTATA配列および第二エキソン領域に翻訳開始点であるATG配列があることから、正常なmRNAが転写されていない可能性が予想された。そこで、pLEC1::GUS形質転換体において、正常なmRNAが発現していることを確認するため、RT-PCRを行った。その結果、第一エキソンか転写されていることが示された。  以上の結果より、先行研究おいて用いられた領域がプロモーターとして十分な配列を有し、正常に機能していることが示された。
◇デリーションクローンの作成
 現在、さまざまなデリーションクローンを作成し、その評価を行っている。GUS染色の結果、胚・胚乳においてのみ染色が見られることを指標とし、LEC1の発現に十分なプロモーター領域を特定する。今後は、その領域を短い領域に分けることで、LEC1の発現に必要十分なプロモーター領域を特定する予定である。

 

Fig.1心臓型胚期のpLEC::GUSのGUS染色結果



©2007 筑波大学生物学類