つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200701200319014

細胞性粘菌rasファミリー遺伝子群の有性生殖過程における機能解析

國谷 麻里子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:漆原 秀子 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景・目的

 細胞性粘菌Dictyostelium discoideumは通常単細胞アメーバとして分裂増殖しているが、飢餓状態になると乾燥条件下では無性生殖を行い、暗条件・水分過剰な条件では有性生殖を行う。有性生殖では、細胞が性的に成熟して配偶子となり、相補的な交配型の配偶子間での細胞融合後、遺伝子の組み換えを経てマクロシストという多細胞体の休眠構造が形成される。配偶子形成の人為的な誘導が容易であり、分子生物学的手法も確立されていることから、細胞性粘菌は有性生殖のモデル生物として適しているといえる。

 以前の研究で、配偶子として性的細胞融合能をもつ細胞(fusion-competent cell: FC細胞)由来のcDNAから、性的に成熟していない単細胞アメーバ(fusion-incompetent cell: IC細胞)由来のcDNAを差し引いた配偶子特異的遺伝子のcDNAライブラリー(FC-ICライブラリー)が構築された。このライブラリー中でIC細胞に対するFC細胞での発現比が最も高く、有性発生に重要な機能を担っていると期待された遺伝子が現在ではrasZと名付けられている機能未知のrasであった。Rasはシグナル伝達経路の上流に位置している低分子量GTPaseであり、細胞の増殖や分化の制御に重要であることが知られている。細胞性粘菌には11種類のras遺伝子が存在していることがわかっており、このうちの5種類(rasGグループ遺伝子: rasD、rasG、rasB、rasS、rasC)については無性発生過程や増殖期で機能しているということが明らかになっている。一方、rasZを含めた残りの6種類(rasXグループ遺伝子: rasU、rasV、rasW、rasX、rasY、rasZ)についてはほとんど研究がされておらず機能はわかっていない。rasZ破壊株が作製され、表現型が観察されたが野生型と比較して大きな差はみられなかった。この理由としてrasZと他のrasXグループ遺伝子間での相同性が非常に高い(65-90%)ため、rasZの機能がrasXグループ遺伝子によって補われている可能性が考えられた。そこで本研究では、rasXグループ遺伝子の多重破壊株を作製し、その表現型を調べることでrasXグループの機能の解析を行う。



方法・結果

 Bsrカセットを持つ遺伝子破壊コンストラクト(全遺伝子破壊用と、rasZを含まない上流4遺伝子破壊用の2種類)を作製し、2種類ある交配型の一方の株(KAX3)に導入した。rasXグループの全6遺伝子は同一染色体上の約20kb以内にまとまって位置しているため、形質転換は一度のみ行った。形質転換した細胞はbsrを含む液体培地で選択培養を行った。Bsr耐性を得た形質転換体についてはPCRで遺伝子破壊を確認した。4遺伝子、6遺伝子の破壊株について、それぞれ3クローンの遺伝子多重破壊株を得た。これらの株について細胞の増殖速度や、有性生殖における細胞融合率やマクロシスト形成能についての表現型を調べたが、残念ながら大きな異常は確認できなかった。



考察・展望

 有性発生過程に重要であると期待されたrasXグループ遺伝子の破壊株で表現型に目立った異常がみられなかった理由のひとつとして、有性生殖における表現型を観察する際に交配相手として用いた野生型のV12株に存在するrasXグループ遺伝子がKAX3株で失われたrasXグループ遺伝子の機能を補っている可能性が考えられる。この可能性を排除するためにはV12株での多重破壊株を作製し、両交配型の遺伝子破壊株間での有性生殖の表現型を調べる必要がある。現在はV12株でのrasXグループ遺伝子多重破壊株の作製をすすめるとともに、他のras遺伝子によって機能が保管されている可能性についても検討している。


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