つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200704KI.

特集:入学

学問しようよ

石田 健一郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)

 一年生の皆さん、生物学類へのご入学おめでとうございます。皆さんの明るい希望に満ちた表情をみていると私も元気になります。ぜひ、その明るい表情を卒業まで持ち続けられるよう願っています。

 さて、先日の新入生オリエンテーションで学類長の佐藤先生が、「大学は、高校までとは違い、主体的に学問を追求する場である」というようなことをお話しになったのを覚えているでしょうか。私も20年以上前に皆さんと同じように生物学類に入学したのですが、教員の一人が(誰だか忘れてしまいましたが)同じことをお話しされていたことを覚えています。でも、「主体的に学問を追究せよ」と言われても当時の私には具体的にどうすればいいのか全くわかりませんでした。本を読めば、「なるほど、そうなんだ」と納得することばかりで、その先を自分で追求する余地などないように思えるし、授業がきっかけと言うけれど、数が多い上に理解するだけで精一杯で、自分で何かを選んでさらに深めようという余裕もない感じでした。結果として、バイトに精を出しサークルにふける大学時代を過ごしてしまい(それはそれでよい経験でしたが)、もう少し学問しておけばよかったと思わずにはいられません。不思議なもので、今になってみると「主体的に学問をする」ことは、実はそんなに身構えることでも難しいことでもなく、いたって簡単で当然のことなのだ、と心の底から思えるのです。

 皆さんの多くは、高校までは大学入試という大きな目標があり、教科書に沿った“正しい”答えを勉強してきたと思います。それはそれで意味のあることだったと思いますが、その“正しい”答えは必ずしも絶対ではないことも事実なのです。私が大学に入った頃は、「植物」といえば「光合成によりデンプンを作って生活する光栄養生物」と教科書に書いてありました。植物の他には消費者である「動物」と分解者である「菌類」があると書いてあり、生物の世界は3つの大生物群から成っていたのです。当時マルグリスの5界説は既に世に出ていたのですが、教科書にはまだ古い考え方が紹介されていたわけです。私は、研究室に入る頃(藻類の系統分類学の分野へ進みました)世の中では既に5界説が広く受け入れられていることを知りました。そこでは、「植物」は主に「陸上植物」を指しており、それまで植物に含まれていた「藻類」は「原生生物」の中に含まれることになっていたのです。

 その後大学院に進学すると、分子系統解析によってある程度客観的な生物の系統関係を知ることができるようになってきました。すると、5界説の「原生生物」には、実はたくさんの独立した系統群が存在することがわかってきました。5界説の崩壊です。最近では8界説や6界説なども提出され、生物の世界の認識は混沌としてきています。また同時に、光合成を行なう葉緑体には、真核細胞内に共生した原核生物のラン藻に由来する一次葉緑体と、そうしてできた一次葉緑体を持つ真核生物が別の真核細胞に共生してできた二次葉緑体があることがわかってきました。このうち一次葉緑体を持つ生物には5界説で言う“植物”に加えて緑藻類や紅藻類など藻類の一部も含まれることもわかりました。そして、一次共生による葉緑体の誕生は一回しか起こらなかったことも知られるようになり、今では一次葉緑体を持つ生物群を「植物」と呼ぶようになってきました。

 このように、「植物」という一見よく知っているように思う生物群でも、私が筑波大学に入学してからの二十数年でおおきく定義や認識が変わってしまったのです。つまり、私が大学で学んだ植物と今私が考える植物は全く異なっているのです。このことは、教科書に書いてあることが(テレビ番組、科学雑誌、学術論文の情報や先生の授業内容も)必ずしも絶対ではないということをよく表していると思います。私は「主体的に学問をする」第一歩は、「教科書に書いてあることは間違っているかもしれない」という当たり前のことを認識する(頭で理解するだけでなく)ことだと思います。そうすれば、教科書や授業の内容から「なぜ?」とか「ほんとにそうなの?」という疑問をもつことができます。そこから自ら考え、答えを探索する「学問」が始まるのです。いろいろなことに疑問を持ち、自分で考え、評価するというプロセスを当たり前のようにできるように、ぜひこの4年間で自分を伸ばしてください。

 さて、教科書には必ずしも正しいことが書いてあるわけではない、というと、「じゃあ読んでも無駄じゃん」って思う人もいるかもしれません。でも、よく考えてみてください。何か忘れていませんか?その正しくない部分を発見し、真実を見つけ出すことが、科学を志すあなたの“仕事”なのではないでしょうか。また、過去の事実や考え方を知っているからこそ、それらが正しくないとわかったときに、新しい事実や考え方をより深く理解できるのではないでしょうか。ですから、決して無駄ではありません。安心してどんどん本を読み、授業にでて、たくさん疑問を持ち、内容を自ら評価してください。そして、そのプロセスを楽しんでほしいと思います。せっかく生物学を志して生物学類に入学してきたのですから、(サークルやバイトに精を出しつつも)ぜひ生物学にハマってください。将来、あなたが教科書を書き換えることになるかもしれませんよ。

Contributed by Kenichiro Ishida, Received May 17, 2007.

©2007 筑波大学生物学類