つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200706SE1.

研究室訪問 ―文部科学大臣表彰科学技術賞受賞研究について伺う―

TJB学生編集部 (筑波大学 生物学類)

 平成18年度、本学の小林達彦教授・橋本義輝講師らが、「微生物の新規遺伝子発現系技術開発の研究」の分野で文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞され、中田和人助教授(准教授)が「生命科学分野におけるミトコンドリア間相互作用の研究」の分野において、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞されました。文部科学大臣表彰は、素晴らしい功績に対して送られる賞であり、大変名誉ある賞です。このように、普段は学生の講義を受け持っていらっしゃる先生方が、実際には研究の第一線で活躍されています。学生にあまり知られていない先生方の研究内容を伺うため、TJB学生編集部では、今回、小林達彦教授・橋本義輝講師の研究室に取材に行ってきました。次回は、中田和人准教授の研究室に伺う予定です。

平成18年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 表彰式において。
左より2番目が小林教授、3番目が橋本講師。(c)Michihiko Kobayashi

はじめに―――
 小林教授・橋本講師らは微生物の中で含窒素化合物(主にニトリル関連化合物)の代謝経路の探索やそれに関わる酵素の機能解析といった研究を行っている。今回、教授らはロドコッカス属放線菌に存在する誘導発現系をストレプトマイセス属放線菌内で機能させ、様々な酵素を発現させる手法を構築した。ストレプトマイセス属放線菌は医薬品などの工業生産菌として広く利用されている。教授らの開発した誘導発現系を使えば、ストレプトマイセス属放線菌を使用する有用物質工業生産に役立つことになる。

その研究内容とは―――
 ある種のロドコッカス属放線菌は、ニトリル化合物をニトリラーゼにより酸とアンモニアに分解する経路をもっている。まず、この分解代謝に関わるニトリラーゼの発現調節機構を調べ、その構造遺伝子nitAの発現を誘導的かつ大量に調節するタンパク質遺伝子nitRを見つけた。この酵素が菌内で作られるためのメカニズムはどういうものか。先ほど出てきたnitR遺伝子からNitRという調節タンパク質が作られる。この調節タンパク質NitRがインデューサー(誘導物質)存在下でnitAのプロモーターに働きかけ強力な転写を促進する。その結果、酵素NitAが大量に作られるようになる。
 放線菌の別種であるストレプトマイセスは抗生物質や生理活性物質を生産する菌だが、実用的な発現系がこの菌には今まで無かった。そこで教授らは上記の誘導発現系がストレプトマイセスでも働けば面白く、有益だと考え、ロドコッカスのニトリラーゼ誘導発現系をストレプトマイセスに組み込んだ。実験はうまくいき、誘導物質の添加によりストレプトマイセスでニトリラーゼを作り出すことに成功した。加えて、この誘導発現系が強力に機能することも示された。
 さらに、教授らは「それだけでは実用的ではない」と、構造遺伝子nitAとマルチクローニングサイトを置き換えた一連の誘導発現システムを構築し、ストレプトマイセスに導入した。マルチクローニングサイト上には様々な制限酵素のサイトがあるため、理論上どんな遺伝子でも挿入できるようになったのだ。

   この開発された代謝系は、今日の応用微生物学上最も重要な菌群であるストレプトマイセスを改良するツールとして使える。例えばストレプトマイセスが、ある酵素を作るとする。一般的にその作り出される酵素量には限度があり、今まではその量を増やす手段がなかった。だが、このクローニングサイトにその酵素遺伝子を導入すれば作り出せる酵素量が増えるのだ。それだけでなく、大腸菌ではうまく発現しない酵素や全く機能しない酵素がストレプトマイセスだと大量に発現し、成功した例もあるという。抗生物質や生理活性物質の生合成経路上の酵素を増強すれば、抗生物質や生理活性物質をさらに大量に生産する菌へと改良する方法にも使える。実際の工業生産菌においてさえも実用レベルで大量生産が可能となった。
 さらに今、企業がこの発現系で改良したストレプトマイセスを作り、いろいろな化合物を大量に生産しようとしている。教授らの作成した誘導発現系がストレプトマイセス属放線菌の育種改良・物質生産に広く利用されれば非常に面白い。

最後に―――
 研究が成果をあげることは稀で、9割くらいは何らかの理由でうまくいかないという。つまり、研究に必要なのは忍耐強さだ。一見すると華やかに見える研究も、ひたすら安いインデューサーを探したり、ストレプトマイセスの代謝系を機能させるために幾度となく試行錯誤を繰り返したり、泥臭い部分もある。小林教授も橋本講師も、地道な研究を自分のできるかぎり行って、面白い現象を見逃さないことが研究では大切だとおっしゃっていた。

      (c)筑波大学 応用生物化学系

小林 達彦(こばやし みちひこ)
1985年、京都大学農学部を卒業。その後、日本学術振興会特別研究員やカーネギー研究所(スタンフォード大学)客員研究員となる。京都大学農学部助教授を経て、1999年に筑波大学応用生物化学系教授(2000年に本学大学院生命環境科学研究科教授)に着任、現在に至る。大学時代には、春休みを利用してヨーロッパ1周一人旅を敢行されるほどバイタリティにあふれており、さらにその経験をとても楽しそうに学生に話してくださる気さくな性格の持ち主でもある。生物学類では、生化学概論、生体機能分子学Tを担当。2006年7月〜2007年3月まで、研究活動の場を広げてケンブリッジ大学へ渡英。

      (c)TJB

橋本 義輝(はしもと よしてる)
1992年、広島大学工学部第3類醗酵工学課程を卒業。1996年に日本学術振興会特別研究員に採用され、1997年に大阪大学大学院工学研究科醗酵工学専攻を卒業する。その後、科学技術振興事業団特別研究員として研究を行い、2005年より筑波大学大学院生命環境科学研究科講師に着任、現在に至る。「イソニトリル・ニトリルの新規代謝経路の発見と新規酵素の分子機能解析」という研究で、平成18年度日本生化学会奨励賞を受賞された。生物学類では、応用生物化学実験Uを担当。先生の担当する学生実験は面白いと学生からの人気も非常に高い。

※この記事は橋本義輝講師による多大なご協力のもと作成しました。

Communicated by Michihiko Kobayashi, Received January 21, 2007. Revised version received May 2, 2007.

©2007 筑波大学生物学類