つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2007) 6: TJB200706SE2.

人生哲学。3

『外交官としての仕事 ―生物学を専攻した観点から―』

TJB学生編集部(筑波大学 生物学類)

 生物学類の先輩である宮本新吾さんを招いての講演会が開かれた。宮本さんの職業は「外交官」。外交官の多くは文系出身で、理系の方は珍しいという。
 宮本さんは外務省が当時採用していた水産T種国家公務員として入省。企画課、国際報道課等にて勤務。このときから並行して通訳としてのトレーニングを受ける。その後スタンフォード大学へ留学し、国連代表部、北米第一課でアフガニスタンやイラク問題等への対応、日米関係のマネジメントに関連する業務に従事。その間、官房長官や総理大臣の通訳としても活躍。現在は安全保障政策課でイラクへの自衛隊派遣を含め、日本の安全保障政策に関わる外交政策の企画立案に関与している。
 今回は生物学類卒業としては異色の経歴を持つ宮本さんにお話をうかがうことで、自分の仕事、将来について深く考えるきっかけとなった。

外交講座(外務省)
   「外交官としての仕事−生物学を専攻した観点から」
    講師: 宮本新吾氏(外務省総合外交政策局安全保障政策課)
    日時: 平成18年10月25日(水)4時限(13時45分〜15時)
    場所: 第二学群H棟101教室

  (C)TJB

外務省と外交官

 外務省の仕事については、外務省設置法第3条に『外務省は平和で安全な国際社会の維持に寄与するとともに主体的かつ積極的な取り組みを通じて良好な国際環境の整備を図ること並びに調和ある対外関係を維持し発展させつつ、国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする。』とあります。このような任務を有する外務省員の勤務地は外務省だけでなく、在外公館に勤務したり(いわゆる外交官)、国際機関に出向して働いている人もいます。
 外務省員・外交官は、日本国とその国民の利益を念頭に置きながら、国家間の良好な関係を取り持つためにさまざまな働きをします。他国との友好関係を築くこと、情報を集め分析すること、外交政策を遂行するための交渉や条約の締結などです。大使館・総領事館といった在外公館ではその国における日本国民の保護やサポートなども行います。また、私もそうでしたが、一部の外交官は担当業務と並行し、政府高官等の通訳を担当することもあります。

外交官の仕事―在外公館編―

 外務省員・外交官の仕事は、大まかに言って海外と国内での仕事にわけることができます。まず海外での仕事を具体的にお話しましょう。実は私はまだ大使館に勤務した経験がないので、勤務経験のある国連代表部での仕事を例に説明します。
 国連代表部は、国連において日本政府を代表する日本の在外公館です。仕事としては、国連総会や安全保障理事会(安保理)での議論をフォローし、そこで行われる決定に日本政府の関心事項を反映させること等が挙げられます。特に、当時日本は安保理のメンバーではありませんでした。安保理は全ての国連加盟国に対して拘束力を有する決定を行うことができるので、日本に関係がある議題について日本の立場を踏まえて安保理メンバーへの働きかけを行うことが重要な任務の一つでした。そのためには、安保理でどのような内容の決議が採択されようとしているのかについて、事前に十分な情報収集を行い、対応策を検討した上で、本国からの指示を仰ぎつつ安保理メンバー国への根回しを行う必要がありました。採択される決議の条文に一言入るか入らないか、それだけでその決議の持つ日本への影響や重要性が変わります。
 さて、情報収集を行うにしても、働きかけを行うにしても、国と国との間の関係であると同時に、外交官同士の人間関係の緊密さが鍵になります。通常は入手出来ない極秘情報であっても、国連や各国の担当者との間の信頼関係が存在すれば、内々入手が可能になることがあります。例えば私は、当時から情勢不安定だったアフガニスタンでの将来の国連の活動に関わる最新の情報等、我が国にとって極めて重要な情報を、こうした個人的な信頼関係をベースに入手出来たことが何度もありました。コピーは渡せないけれども読むだけならと見せられた極秘文書を必死に暗記して本国に報告したり、仲の良い外国の外交官にすれ違い様に極秘情報が書かれたメモを背広のポケットにねじ込まれた、などというエピソードもありました。
 外交官の仕事は自国の繁栄・利益につながることが大前提ですが、関係国のカウンターパートとの信頼関係を築くためには、自国の都合のみを振りかざしていては駄目なことがあります。例えば、国連の会議で、特定の国同士の利益が激しく対立している場合等に、積極的に妥協案を形成するための協力を行うことで関係国の外交官からの信頼を得られることがあります。こうしたことの積み重ねがより緊密な情報交換を可能とするのです。

外交官の仕事―本省編―

 外務省員の仕事は基本的に他国を相手にする仕事で、この点は国内外どこにいてもついて回ります。私が外務本省で担当した仕事をいくつか紹介したいと思います。
 一つは、イラクに派遣されていた陸上自衛隊の任務完了に向けた関係国との調整です。イラクで共に活動している他国軍、自衛隊が派遣されていたサマーワの地元住民、イラク政府など、関係する皆が納得する形での任務完了を目指しました。その過程では、海外出張を重ね、関係国との間の調整のための会議に参加したりもしました。
 また、外務本省で安全保障政策を担当していると、救急医療を担当する医者のように、とんでもない時間に出勤しなければならないときがあります。例えば、北朝鮮がミサイルを発射したりすれば、夜中の2時・3時でも、このような講演会の最中であったとしても、一刻も早く出勤しなければなりません。早急に対策を立てるため、関係者への緊急連絡等を行う必要があるためです。
 最後に一部の外務省員・外交官の仕事として通訳が挙げられます。通訳の候補になると、通訳としての訓練を受けた上で、総理大臣、外務大臣、その他政府要人等の通訳官としても働きます。通訳の仕事は上述のような通常業務をこなしつつ、同時に行わなければならないので大変ですが、政府最高レベルでの国と国との間のやりとりを仲介する重要な仕事であり、やりがいのある業務です。


宮本さんQ&A

―なぜ生物学を専攻していた立場から、外交官志望になったのですか?
 実は、大学に入学した当初から外交官志望であったわけではありません。むしろ生物学の研究者になりたいと考えていましたから、大学院にも進学しました。自らの不徳の致すところで、残念ながら博士号を取得することは出来ませんでしたが、博士課程の最後の年に、国家公務員試験T種の試験を「水産職」の枠で受験しました。その試験に合格してから、「水産職」の募集枠があった各省庁を訪問・見学しました。国内各地の水産試験場、水産庁、財務省(税関)、そして外務省。とにかく自分の興味のあるなしに関係なく、募集枠のある省庁ほぼ全てを見学して、それぞれの場所で話をお聞きしました。その中で、何となく外務省が面白そうだと感じたのです。思わぬところで、ご縁があって外務省に入省することになったわけです。

―外交官の仕事をされるなかで、生物学を学んでいて役に立ったことはありますか?
 外交官の仕事内容と生物学の知識が直接関係あるかと問われれば、ほとんどありません。役に立ったことといえば、核不拡散に関連し、ウラン濃縮技術についての理解がしやすかったことくらいでしょうか。私は学生時代に学んだ理系の基礎知識があったおかげで理解が早かったと思います。

―外交官に求められる素質は何ですか?
 外交官に必要な能力で特に重要なのは、「自分の存在をネットワークの中で確立できるコミュニケーション能力」だと思います。仕事というのは、ただいつも受動的に待っていただけではできないし、情報収集もできません。外交官の場合、自分から積極的に他国の人と人の間に入っていくことで、信頼できる人間関係を構築することが重要となってきます。信頼関係というものも、自分の仕事だけをやっていては築けません。他人の助けとなるような助言や提案をするといったような姿勢が信頼関係を築くうえで大切なのです。
 同時に、外交官という職業は仕事内容も幅広いです。仕事のやり方は人それぞれ色々あると思いますし、その素質を一つに絞ることは大変難しいと思います。

―宮本さんが、総理通訳官になられたきっかけは何ですか?また総理通訳官は、どのような訓練を受けるのですか?
 外務省に入省してから、通訳官としての資質があると判断されると通訳官候補となり、通訳の勉強をさせてもらえます。私の場合は英語ですが、英語以外にもアラビア語・中国語・フランス語・ドイツ語・スペイン語など多くの言語を担当する通訳官が外務省にはいます。通訳には、語学力以外にも記憶力や判断力、柔軟な思考力が求められます。そのため、専門的な勉強や訓練が必要です。例えば記憶力を高める訓練としては、画面に続けて映し出されるものを時間差を付けながら連続的に訳していく訓練、一通り画面に映し出されたものを暗記した後に正確な順番で訳していく訓練などを受けた記憶があります。このような研修を受けた後、様々な実地の通訳経験を経て、現在は総理通訳官の仕事もしています。

―今後していきたい仕事は何ですか?
 在外公館に勤務してみたいです。特に、個人的にスペイン語を話せるようになりたいので、中南米の大使館に勤務してみたいです。また、各地に展開する国連事務所やこうした国連事務所と連携して活動する我が国公館に勤務することについても関心があります。とにかく日本に利益をもたらす仕事がしたいという思いが常にあります。

―学生へのメッセージをお願いします。
 人生の転機はいつどういう形で訪れるか分かりません。チャンスが来たときに、そのチャンスを逃さないように常に全力で取り組んでほしいと思います。それと、失敗を恐れないでほしいということです。失敗は見方によっては転機かもしれないし、チャンスかもしれません。私は博士課程を5年目までやっておきながら、博士号を取れませんでした。それは、ある意味では大きな挫折です。けれども挫折や失敗と受け止めるか、逆に自分にとって別の意味でチャンスだと思うかで人生はだいぶ違ってくると思います。

Communicated by Shinobu Satoh, Received June 29, 2007.

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