自家受粉と他家受粉
Self pollination & cross pollination

花の送粉・受粉には自家受粉他家受粉および送粉失敗の三通りがあり得る。自家受粉とは花粉が同じ花の柱頭につくことであり、他家受粉とは花粉が他の花の柱頭につくことである。自家受粉と他家受粉はそれぞれ表裏の関係のメリット、デメリットがあり、植物は種によってこれを使い分けている。

自家受粉 (self pollination) (自家交配)
有利な点:送粉の確実性が格段に高くなる。特に後述の自家受粉専用の機構をもっている花では確実性が高い。その分、花粉の生産量が少なくてすむ。またどのような送粉方法にせよ (虫媒、風媒など)、他家受粉を行うにはそのための構造 (鮮やかな花弁や蜜) が必要になるが、自家受粉ではそれに対するコストを抑えることができる。
不利な点:自家交配は遺伝的組合せの多様性の低下をもたらす。このことは種としての適応度の低下を意味し、種の存続の危機につながることもある。また生物の交配には一般に近交弱勢 (inbreeding depression) があるこが知られており、自家交配は有害遺伝子のホモ化、生存力の低下をもたらすことが多い。さらに送粉は自らの遺伝子を広げる数少ない機会の1つであり (もう1つは種子散布)、それを自らつみ取ってしまうことになる。
他家受粉 (cross pollination) (他家交配)
有利な点:他家交配は、当然のことながら遺伝子の組合せのバリエーションが広がることを意味する。このことは種としての適応度の増大につながる。また近交弱勢を防ぐことにもなる。さらに花粉を他の花に渡すことは自らの遺伝子の拡散につながる。
不利な点:送粉の確実性が低い。どのような送粉方法にせよ、送粉に失敗する花粉 (落下、他種の花につくなど) が多くあるので、多量の花粉をつくらねばならない。特に送粉失敗が多い風媒花では顕著である。また動物媒では動物を引き寄せる花弁や蜜、匂いなどの余分な投資が必要になる。

花は種によって自家交配か他家交配のどちらかの交配を主とするが、一方だけに特化しているものはあまり多くない。一年草は生育期間が1年と短いため、確実性を重視して自家交配を主としているものが多い。また帰化植物も、最初は少数個体での繁殖が必要になるため自家交配をするものが多い。多年草はより複雑で、自家交配を主にするもの、他家交配を主にするもの、他家交配のみをするものなどがある。また木本では他家交配をするものが多いといわれる。

自家受粉を避ける仕組み

被子植物ではふつう雌雄両性が同じ花に同居しているため (両性花)、自家受粉が起こりやすいように思えるが、実際には以下のようなさまざまな方法で自家交配を避けていることが多い。

自家不和合性 (自家不捻性 self incompatibility)
同じ花 (株) の花粉が柱頭についても、花粉管の発芽、伸張、受精が生理的に妨げられる仕組みのことを自家不和合性という。
雌雄異熟 (dichogamy)
雄しべが花粉を放出する時期 (雄期:male stage) と雌しべが成熟して柱頭が受粉可能になる時期 (雌期:female stage) が時間的にずれている。ユキノシタ (ユキノシタ科)、ツリフネソウ (ツリフネソウ属)、キキョウ (キキョウ科) など雄期が先行するものを雄性先熟 (protandry) といい、ウマノスズクサ (ウマノスズクサ科)、アブラナ科、オオバコ (オオバコ科) など雌期が先行するものを雌性先熟 (protgyny) という。
雌雄離熟 (herkogamy)
両性花の中で雄しべ・雌しべの位置、構造が自家受粉の障害となるもの。キツネユリ (イヌサフラン科) では葯と柱頭が離れているため、自家受粉ができない。またナデシコ (ナデシコ科) では柱頭が雄しべよりも高く突出するため、花粉が自らの柱頭に落ちることはない。ラン科では花粉が花粉塊を形成するため、送粉者を介さなければ受粉できないが、この際、必ず他家受粉が起こる仕組みになっている。
異花柱性 (heterostyly)
雌雄離熟の一形であり、同種内で雄しべが長く雌しべが短い花と雄しべが短く雌しべが長い花のように複数の型が見られるもの。異花柱性にはサクラソウ (サクラソウ科) のように2型が見られる二形花柱性 (distyly) と、ミソハギ (ミソハギ科) やアサザ (ミツガシワ科) のように3型が存在する三形花柱性 (tristyly) がある。さらに異花柱性はふつう自家不和合性とリンクしており、異なるタイプの花の間でなければ受精しない。
雌雄異花
雄しべのみが発達する花 (雄花) と雌しべのみが発達する花 (雌花) が存在する。同じ株に雄花と雌花がつくもの (雌雄同株 monoecism) では自家交配を完全に避けることはできないが、雄花と雌花が異なる株につく (雌雄異株 dioecism) 種では完全に他家交配しか起こらない。
花が散発的に咲く
1つの株に多数の花がいっぺんにつくと隣家受粉の可能性が高くなる。隣家受粉は遺伝的に同家受粉と同等である。一斉に開花するのではなく、散発的に花をつけることによって隣家受粉をある程度避けることができる。

自家交配をする花

自動同花送粉する開放花
自動同花送粉をする花では、ハコベ (ナデシコ科) やタネツケバナ (アブラナ科) のように葯と柱頭が接していて葯から出た花粉が直接柱頭につくものが多い。またツユクサ (ツユクサ科) やオオイヌノフグリ (オオバコ科) のように開花時には葯と柱頭が離れていても、閉花時などに葯や柱頭が動いて互いに接するようになるものもある。ただしこれら自動同花受粉する花も目立つ花弁、蜜、匂いなどを残しており、他家交配の余地を残している。
閉鎖花 (cleistgamous flower)
つぼみのままで開花せず、自動同花送粉に特化した花を閉鎖花という。閉鎖花における受精を閉鎖花受精 (cleistogamy) という。閉鎖花では花弁の発生が途中で止まり、開放花にくらべて雄しべや花粉量も少ない。閉鎖花はスミレ属 (スミレ科)、ツリフネソウ (ツリフネソウ科)、ホトケノザ (シソ科)、センボンヤリ (キク科) などに見られるが、開放花と閉鎖花を時間的・空間的に使い分けていることが多い。また閉鎖花の中には地中につくものもある (例:Commelina benghalensis [ツユクサ科])。

無融合生殖

受精を行わずに配偶体から新しい胞子体ができる生殖法を無融合生殖 (apomixis) という。特に種子植物に見られる以下の生殖では受精を伴わない種子生成のため、無融合種子形成 (agamospermy) とよばれる。

配偶体無融合生殖 (gametophytic apomixis)
親の体細胞と同一の核相をもつ胚嚢から胚がつくられる生殖。胚珠内の倍数性の大胞子からそのまま胚嚢つくられるものを複相胞子生殖 (diplospory, aneuspory) とよび、セイヨウタンポポ、ニガナ、ヒメジョオン (キク科) などに見られる。一方、大胞子を経ないで倍数性の珠心や内珠皮、胚嚢母細胞から倍数性の胚嚢がつくられるものを無胞子生殖 (apospory) とよび、ノガリヤス (イネ科) やアカソ (イラクサ科)、ヤナギタンポポ (キク科) 見られる。
不定胚形成 (adventitious embryony)
胚嚢を経ないで珠心や内珠皮の一部から胚がつくられる生殖。グレープフルーツ (ミカン科) などが例とされる。