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キイロショウジョウバエの交尾持続時間に異常を示す fickle 突然変異体の解析

馬場 浩太郎1,2、竹下 綾3、従二直人3、馬嶋 景3、山元大輔1,3

(1: 三菱化学生命研、2: 東大・理・物理、3: 科学技術振興事業団・山元行動進化プロジェクト)


 キイロショウジョウバエは、遺伝的に規定された複雑な交尾行動を示すことが知られており、こうした行動の制御機能やその発生の分子メカニズムを明らかにするのに適したモデル系である。fickle (fic) は、交尾行動の異常を指標にしたスクリーニングによって単離された P 因子挿入突然変異系統の一つで、野生型では交尾時間は15分でほぼ一定しているのに対し、fic の雄の交尾時間は全体的に短く、かつ不規則な分布を示す。また羽化後の寿命の平均が野生型の約44日に比べて、約14日と短い。交尾時間に異常をきたす突然変異体は他に一つ知られているものの詳しい解析は行われておらず、交尾を制御する分子生物学的メカニズムを解明できると期待している。

 fic 系統のP 因子挿入点近傍の染色体領域には、チロシンキナーゼ Src29A をコードする転写単位があることがわかっている。蛹期の中枢神経系でこの転写単位の発現を調べたところ、組織全体にわたって弱く発現するほか、キノコ体や触角葉など一部の細胞で強い発現が時期特異的に見られた。 fic ホモ接合体に、蛹の時期を中心に三齢幼虫から羽化までの期間、Src29A 正常型遺伝子の cDNA を熱ショックプロモーターで強制発現させたところ、交尾時間が不規則となる表現型および短命の表現型が共に回復した。これに対して成虫における cDNA の強制発現では表現型は回復しなかった。このことからこの遺伝子が fic 表現型の原因遺伝子であることが示された。同時に、表現型が顕在化する成虫のステージではなく、それに先行する変態の過程において、この遺伝子が重要な働きを果たしていることが示唆された。