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『ショウジョウバエの性行動を決める遺伝子』

山元大輔

(三菱化学生命科学研究所・科学技術振興事業団)


 動物行動の研究の歴史は古い。しか行動を生み出す神経の仕組みを、一つ一つのニューロンのレベルで解析する試みが軌道に乗ったのはわずか20年前であり、その神経の組み立てや働く仕組みを分子レベルで研究できるようになったのは、実にここ数年のことである。

 私たちは本能行動の制御機構を、個体、細胞、分子の各階層にわたる研究で明らかにすることを目標として、キロショウジョウバエを材料に、性行動に異常の起こる単一遺伝子突然変異体の分離を行ってきた。2000 に及ぶ P 因子(動く遺伝子)挿入系統をスクリーニングした結果、雄の性指向性が異性愛から同性愛に変化する satori 変異や、雌のかたくなな拒否行動により交尾の起こらない spinster など、8 つの新しい突然変異体を分離できた。その一部については既に変異の起こった原因遺伝子を取り出す(クローニングする)ことに成功し、遺伝子産物の一次構造が明らかになっている。また変異体に正常型遺伝子を導入することによって、表現型を野生型に回復させる「遺伝子治療」実験も進行中である。個体から分子へ、分子から個体へ、という両方向のアプローチにより、動物の行動を制御する仕組みの本質にどこまで迫ることが可能か、論議したい。