生物物理学 I・II   FAQs (Frequently Asked Questions)


このFAQsは過去数年間にわたって寄せられた質問に対する回答を集めたものです。授業内容は毎年少しずつ変わっていますので,回答の中には今年度の授業内容と合わない点があるかもしれませんのでご注意ください。なお,お気づきの点があればぜひお知らせください。


Q 電位固定法を用いて膜電流を測定する実験を行った時の I-V Relationグラフの書き方がわかりません、どういった計算法ででるのでしょうか?

A I-V relationは計算式で導いたものではなく,あくまで実験結果をそのままグラフにしたものです。電位固定法は任意の電位を人為的に細胞膜に与える方法です。特定の電位を与えるとその結果として膜に電流が流れます。実験的に電位を変化させて(たとえば-60mVから+60mVまで)それぞれの電位を与えた時に流れる電流を測定し,それをプロットしたものがI-V relationです。

Q I-V relation は,V=IRになることから直線になると思います。しかしNa+のI-V relation はどうして曲線になるのでしょうか?
A Rが一定であれば直線になります。授業で配ったハンドアウトの中にもI-V relationが直線の図がありますが,それはR,すなわちイオンチャネルの開き方が一定である場合です。しかし,たとえば電位依存性のチャネルでは与えた電位が異なれば,開き方すなわちRが変化します。極端な場合,静止電位付近ではたとえ内向きの driving force があってもチャネルが開きませんからコンダクタンスは0すなわち 1/R=0となり,その時の I も0になります。静止レベルから徐々に電位を上げると,内向きのdriving forceは小さくなって行きますが,開くチャネルの数が増える方がそれに勝るため,内向き電流が大きくなります。このような場合は当然直線にはなりません。

Q Gating currentと膜が持つコンデンサーの性質から生じる電流(容量性電流,capacitive current)の見分け方?
A Gating current は膜(チャネルタンパク質)内部の電荷が移動することによって生じます。したがって,膜内外に電位差があるときは,たとえばプラスの電荷はマイナス側に引き寄せられていると考えられます。ここで膜内外の電位差が逆転すると,プラスの電荷は新たなマイナス側へと移動するので,その時(移動中)に一時的に電流が生じます。電位が同じ向きに変化しても電荷の移動は起こらないので,電流は流れません。
一方,膜の容量成分を流れる電流(容量性電流,capacitive current)の場合は,コンデンサーと同様,電位が変化した時に一過性に(電荷がたまる,あるいは放出されるまで)電流が流れます。この場合,電流が流れる方向は電位変化の向きによって決まります。たとえば,細胞内電位が -60mV から +60mVに変化した場合は電流の向きは外向きに,-60mV から -120mV に変化した場合は内向きになります。Gating current の場合は-60mV から -120mV に変化しても電荷の移動が起こらないので電流は流れませんから,容量性電流と区別することができます。

Q (Gating current と capacitive current について) 例えば-60mvから+60mvに電圧を変化させた場合、どちらも外向きの電流が流れるんですよね?それに関しては見分けることができないということですか?
A 明確には見分けることはできません。そのような時は実験的に-60mVから-120mVに変化させてみると,gating current なら変化なし,capacitive current なら内向き電流が流れるので,区別することができます。

Q イオンチャネルの条件として高いイオン選択性と透過率を両方持ち合わせる必要がある理由?
A ”高いイオン選択性と透過率を両方持ち合わせる”というのは実験結果に基づく事実です。その利点として次のようなことが考えられます。イオン選択性があるためにイオンチャネルの種類が多様になり,複雑な信号処理ができるようになります。たとえば,電位依存性Naチャネルと電位依存性Kチャネルがあることによって,活動電位が生じるのはその一例です。また,イオンチャネルでは,トランスポーターなどと比較して100倍以上の速さでイオンが移動することがわかっていますが,それによって効率よく電気信号を作り出しています。

Q キャリアプロテインとは何ですか?
A キャリアプロテインは,carrier protein つまり輸送タンパク質のことです。これは,そのままでは膜を通過できないイオンや分子を輸送する,いわば "運び屋" のタンパク質です。この中には,輸送の際にエネルギーを必要とせずに濃度勾配(や電位勾配)によって輸送を行う "受動輸送",ATPのエネルギーを利用して輸送を行ったり,他のイオンや分子が濃度勾配に従って膜を通過するのと共役することで輸送を行う "能動輸送" があります。ハンドアウト を参照してください。

Q 「等価回路」のところで、なぜ膜自体の持つ機能がコンデンサーなのか?
A 電気部品のコンデンサーを思い出してください。2枚の金属板が絶縁スペースをはさんで向かい合っているとき,2枚の金属板に電位差が生じればそこに電荷がたくわえられます。細胞膜自体は絶縁体ですから,膜の両側でもコンデンサーと同じことが起こると考えられます。実際に細胞膜がコンデンサーと同様の性質を持つことは実験によって証明されています。したがって,膜の性質を「等価回路」であらわすと形質膜はイオンチャネルに起因する抵抗成分に加えて容量(コンデンサー)の成分も入ってきます。ただしコンデンサーを流れる電流は一過性であり,その時定数(τ)は活動電位などの電気現象の時間経過に比べればとても小さいので,通常の神経の電気現象にはほとんど影響はありません。

Q Patch-clamp法のところで、inside-outとoutside-outの違いは何か?
A 切取りパッチ(excised patch)標本を作るとき,そのやり方によって2種類の標本ができてきます。まず形質膜にパッチ電極を吸い付け,そのまま勢いよく引き剥がすと電極の先端に膜のパッチがくっついた標本ができますが,このとき電極の外に向いている膜の面は細胞にあったときは細胞内に面していた部分です。つまり膜を基準に考えると細胞内に向いた面が inside で,それがパッチ電極の外側に向いているので inside-out というわけです。もうひとつの方法は少々 tricky で説明するのがむずかしいので,方法の説明は省きますが,詳しくは参考図書 (The Physiology of Excitable Cells, など)を参照してください。ともかく,何とかしてexcised-patch の標本を作ると先ほどの inside-out 標本とは逆に細胞にあったときに細胞外に向いていた面が電極の外側に面した標本ができます。つまり outside-out の標本です。実験を行う際には電極の外の環境は自由に変えることができる(溶液組成の変更,薬物投与など)が,電極内の環境を変えるのは困難なので,実験の目的に応じて inside-out, outside-out の標本を使い分けます。

Q 静止電位は膜の内側のほうが低いのに「等価回路」のところで静止電位をを作るチャネルの起電力が外向き正になっているのか?
A まず授業で示した「等価回路」は模式的なもので厳密ではありません。たとえば細胞内電位も規定していませんから,電位によっては電流の方向は変わります。ですから矢印の方向にはあまり意味がありません。授業でも話したとおり,電流の方向と大きさは電位勾配とイオンの濃度勾配の2つの driving force によって決まります。したがって膜の内側がマイナスの電位でも電位/濃度勾配がつりあっていれば電流は流れず(平衡電位の場合),その電位からずれればその方向によって外向きあるいは内向きの電流が流れることになります。

Q Naイオンチャネルのところで、なぜ、脱分極するとGNa(Na コンダクタンス,=電流の通りやすさ)が上昇するのか?電位差があるほど電流は流れやすいのでは ないか?
A 確かに,電位差があるほど電流は流れやすいので,細胞が脱分極すれば1個のチャンネルを流れる電流は小さくなります。しかし,ここで注意してほしいのは,授業で述べた Na チャネルは電位依存性のチャネルだということです。電位依存性とは,電位が高くなればなるほど開く確率が大きくなるということです。言いかえれば電位が高くなればなるほど開くチャネルの数が増えます。したがって脱分極により1個のチャネルを流れる電流は小さくなっても,開くチャネルの数が増えてトータルの電流は大きくなります。ここでノートの Na チャネルの I-V カーブ(電位と電流の関係)を見てください。ある電位までは電流も上昇しますが,それを越えると電流が減少し,平衡電位よりも電位が大きくなると電流が流れる方向も逆転します。つまり,電位が大きくなって開くチャネルの数が多くなっても電位/濃度勾配が小さくなるため(最後には逆転),電流の大きさは小さくなります。

Q +チャネルで、Kイオンが流出すると再分極するというのがよく分からなかった。また、negative feedbackによってチャネルの開閉時間が短くなるというが、黒板に書いた図はNaイオンチャネルのものだった。そこのところの説明をしてほしい。
A 黒板には Na チャネルによる positive feedback,K チャネルによる negative feedback の図を並べて書いたと思います。もしそうでなかったらご連絡ください。
さて,脱分極によって K+チャネルが開くと K イオンが濃度勾配にしたがって細胞外に流出します。このイオンの移動によって外向き電流が流れますが,外向き電流が流れると細胞内電位は過分極(マイナス)方向に変化します。その結果最初に起こった脱分極が抑えられることになり,細胞内電位は静止電位に近づくことになります。これが再分極です。
黒板には Na+ 電流と K +電流を別々に書きましたが,これらの現象は当然同時に起こります。Na チャネルだけを考えた場合,チャネルが開くと positive feedback によって急速に電位が上昇します。Na チャネルには inactivation gate がありますから,K チャネルを考えなくてもこの急速な脱分極は時間とともにいずれ元に戻ります。では K チャネルが開いた場合はどうでしょう。K チャネルの活性化はは Na チャネルよりも少し遅れて始まり,Na 電流がピークを過ぎた頃に外向き K 電流が流れ始めます。外向き K 電流が流れるということは,内向き Na 電流を打ち消すことになります。つまり Na チャネルが不活性化することによって起こる再分極を K の外向き電流が促進します。言いかえれば外向き K 電流によって再分極するまでの(つまり活動電位が終了するまでの)時間が短縮されるということです。質問の中にあったように「negative feedbackによってチャネルの開閉時間が短くなる」ということはありませんが,Na チャネルと K チャネルが同時にはたらくことによって,活動電位の時間経過は短くなります。

Q 「細胞間の情報伝達」のところで、一つの細胞に通電し、隣の細胞内の電位が同じ波形を示したら、なぜ細胞間に抵抗の役割をするものがあるといえるのか?導線の役のみとは考えられないのか?
A 「導線の役のみ」という考えは正しいと思います。ただ,送電線に使われている銅線も,電熱器に使われているニクロム線も,大小の差はあれ一定の抵抗値を持っています(超伝導が起こらない限り)。そのような意味でギャップ・ジャンクションは抵抗であると言えます。

Q 細胞内外でのイオン濃度の差が、signalとして重要だということですが、イオンの濃度差の微妙な変化を信号として使うんですか? それとも、イオンの濃度差の変化による‘電位変化‘を信号とするんですか?
A 神経細胞などの興奮性細胞では,膜電位変化を信号(signal)として用いています。電位が変化するということは膜を介して電流が流れるからで,その電流を運ぶのがイオンということになります。イオンが移動するためには何らかのエネルギーが必要になりますが,そのひとつが濃度勾配です(もうひとつは電位勾配)。イオンは濃度の高い方から低い方へ移動するので,電流が流れて膜電位が変化します。(ただし,同時に電位勾配もイオンの移動に影響するので,電流が流れる方向と大きさは濃度勾配と電位勾配のつりあいで決まります。)

Q Symport と antiportとは、前者が違うイオンを複数個細胞内に輸送するしくみで、後者があるイオンが内部へ、違うものが外部へ輸送されるようになっているしくみだ、というのでいいんですか? これらも濃度勾配に従うのですか?
A トランスポーターの役割は,ある特定のイオンを濃度/電位勾配に抗して膜の反対側に輸送することです。話をわかりやすくするために Ca イオンを細胞内から細胞外に運び出したい場合を想定します。Ca イオンの濃度/電位勾配は細胞内の方が低いので,それに抗して運び出すためにはエネルギーが必要になります。たとえば Kイオンは細胞内の濃度が高く,もし細胞内電位が比較的高ければ,K イオンには外に出ようとする力が生じます。したがってこの力を利用して Ca イオンを外に運ぶ仕組みがあれば,Ca イオンを勾配に抗して外に運び出すことができます。この時 K は細胞内から細胞外に移動し Ca の移動する方向と同じなので,これを symportと呼びます。また Ca イオンを細胞外に運ぶために Na イオンの勾配を利用することもできます。この場合は Na イオンは細胞外から細胞内に移動するので,Ca とは逆方向の動きと成ります。したがってこれを antiport と呼びます。「濃度勾配に従う」かどうかという点については,上記の説明からお分かりいただけると思います。

Q 興奮性って、どんな状態を言うんですか?
A 「興奮」とは生理学用語で,休止状態(静止状態)から活動状態に移行することです。静止状態(静止電位)にある神経細胞で脱分極が起こるのも興奮です。

Q 脱分極と活動電位の関係がいまいち分かりません。説明お願いします。
A まず脱分極の意味(定義)をはっきりさせておきます。生物学辞典(岩波書店)によれば,脱分極とは「一般に細胞の内部において,細胞膜を境として外部に対して生じている負の分極が減少すること」です。つまりプラス方向に電位が変化することが脱分極です(つまり活動電位も脱分極の一種)。
さて質問に対する答ですが,活動電位が生じるためには何か「引き金」となるものが必要です。それが細胞の脱分極です。脱分極が小さければ活動電位の「引き金」とはなりませんが,脱分極がある一定の大きさ(閾値)を越えると活動電位が発生します。細胞にこのような脱分極をもたらす原因はいろいろありますが,話が複雑になるので授業では脱分極が生じるということを前提に活動電位の話をしました。

Q 外向き電流と脱分極、活動電位の関係がいまいちです。説明お願いします。
A まず電流と電圧の関係について考えます。イオンチャネルが開き膜を通って電流が流れると膜の内外にはその電流による電位差が生じます(オームの法則)。電流の方向が内向きならばその電位はプラス,外向きならばマイナスになります。活動電位も膜を流れる電流によって生じます。細胞内電位が閾値を越えるとまず電位依存性Na チャネルが開き,Na イオンが流れこんで内向き電流が発生しその結果細胞が大きく脱分極します。Na チャネルはまもなく不活性化しますが,それと同時に K チャネルが開きます。K イオンの濃度は細胞内の方が高いので,K イオンが流出して外向き電流が生じます。つまりこの外向き電流は Na の内向き電流をキャンセルアウトすることになります。Na チャネルの性質から,K チャネルがなくても活動電位はおさまりますが,外向きの K 電流によって活動電位はより積極的に押し下げられ,回復が早く起こります。