レポートの書き方について

はじめに;
 基礎生物学実験は、筑波大学生物学類の1年次学生を対象に、通年行われる実験科目です。実際の生き物や生命現象を自分達の目で見てもらうことが大きな目的です。従って、まず、第一に重要なのは出席することです。次に、自分の行った実験の結果は、レポートとして提出する必要があります。ここでは、レポートの書き方についてまとめました。基礎生物学実験では、大勢の教官が分担してそれぞれの項目を担当しますから、レポートの形式や提出の方法、何を求められているか等の点に関しては、それぞれの担当者によって異なると思います。レポート提出の要不要、個別のレポートの形式に関しては、担当教官の具体的な指示に従って下さい。この稿では、一般的なレポートの書き方についてまとめてみます。

なぜレポートの提出が必要か;
 レポートの提出が必要な理由の一つは、レポートを評価の基準として用い、受講者各人の到達度を調べることです。これは、授業の成績評価のためにテストがあるのと同様です。スムーズに単位を認定するために、必要なレポートは必ず提出して下さい。
 もう一つの理由は、実験科目のレポートは、科学者が研究成果を客観的に公表する方法の練習であるということです。これは、科学の基本に関わってくる重要なことです。科学者には、研究成果の公表が不可欠です。

科学について;
 それでは、科学とは何でしょう?レポートの書き方の前に、少し脇道にそれて、科学の持つ意味について考えてみましょう。科学の目的を一概に決めつけるのはむずかしいと思いますが、私は、科学の本質は、なぜだろうという好奇心に基づいて、今までにわかっていない問題を解きあかすことだと思っています。筑波大学に入って、これから生物学を専門に学ぼうとするみなさんにとって、なぜだろうという気持ちを持つことは、とても大切なことです。みなさんは、生命現象に興味を持った人たちの集まりですから、おおまかな興味の分野はすでに絞られているでしょう。更に具体的な興味を持つためにも、基礎生物学実験は重要な科目であると考えています。次に大事なことは、自分が興味を持った問題について、何がわかっていないことなのかを知る事です。ある問題に関して、どこまでが明らかになっていて、何がわかっていないかということがわかって、はじめて、人は具体的な研究目的を持つことができます。こうして、研究目的を持ち、実験や理論考察により新たな発見をしてゆくことが、科学の本質と考えて良いでしょう。

研究成果の公表;
 これまでにたくさんの科学者により長い年月をかけて得られてきたさまざまな研究成果は、誰にでも調べることが可能である必要があります。それから、研究により新しく得られた成果は、広く公表できるシステムがなくてはいけません。これらがなければ、我々人類は、何を知っているのか、何がわかっていない問題なのかという科学の本質に関わる点を把握できません。すなわち、研究成果は、人類の知の蓄積として、広く公開する必要があるわけです。しっかりと公開がなされなくては、この先の科学の進歩も困難になります。
 現在、科学者が研究成果を公表するシステムの中心は、科学雑誌に論文を掲載することです。投稿された原著論文は、厳格な審査を経て、掲載されます。雑誌に公表されることにより、世界中の誰もがこの成果に関して調べられるようになります。みなさん御存知のように、このように公表された論文は図書館で調べることが出来ます。発表される論文の数は膨大なものになりますが、コンピューターを用いた検索等で、より正確に調べることが可能でしょう。

投稿論文に審査が必要なわけ;
 科学論文を専門雑誌に投稿した場合、審査を経ることが重要な意味を持ちます。論文の審査は投稿された研究成果の信憑性、重要性、論理性、独創性などを審査するためにあります。誤った方法によって得られた結果や、間違った解釈が公表されれば、人類の持つ知識が間違ったものになります。それを元にして次の研究を行おうとする人にとっては更に都合が悪いことでしょう。単純な感違い等も避けなくてはなりません。厳格な審査によりこのような混乱を防ぐ事ができます。これは、科学の客観性に関わる重要なことです。正確、客観的に新事実が記されていて、はじめて、物事の真実の姿を多くの人に伝え、さらなる真理を追求することが可能になります。

レポートの書き方について;
 本題のレポ−トをどのように書くかという点に話を移しましょう。原著論文とレポートでは状況が違う側面もありますが、科学的な記載や表現方法に関しては共通していると考えて良いでしょう。
 論文やレポートを書く時に第一に気を配らなくてはいけないことが、自分の得た結果を他の人に論理的に、正確に伝えるということです。そのために、客観的な記述を心掛けて下さい。同様に、曖昧な表現は避けるようにしなければなりません。例えば、速い、遅い、明るい、暗い、長い、短い、などの表現は、それだけでは曖昧です。これらは、基準があってはじめて客観性を持ちます。ある時の自動車の状態のある側面(どのように走っていたか、もう少し正確にいうならば、どのくらいの速度で走っていたか)を記述するのに、単に、「速く走っていた」とした場合、人によって速いと思う速度が異なるため、どのような速度か見当をつけられません。結果としてのべるならば「時速00kmで走っていた」などの表現が妥当でしょう。また、考察として書く時は、人間が最大速度で走ったと仮定すると(100mを9秒で)、時速00kmに相当する。これよりも計測された車の速度(00km)は速く、人間は車を使うことにより、同じ時間内により遠くまで移動することができるだろう(結果に基づく予想)。或いは、Fー1のレースカーのレース時の平均速度よりも遅い、馬車の最高速度よりも速い等、基準を設けて、初めて客観性が出てきます。別の例としては、「ゾウリムシがぴくぴくと苦しんでいた」という表現を見てみましょう。苦しいとは人間の心理状態に用いる言葉であり、ゾウリムシが苦しいかどうかはわかりません。ぴくぴくという表現も、他の人にとってはどういう状態を指すのか見当がつきません。これらは客観的な表現ではありませんから、他人に、自分の得た結果を正確に伝えることは困難です。同じように、うまい、楽しい、大変だなどの表現も主観的なものであり、科学の表現には向きません。
 次に気をつけなくてはいけないのが、過不足なく書くということです。レポートに含まれる情報は、いつ、誰が、どこで、何を、どのように、どうした、という点が基本ですが、必要な情報を含んだ上で、表現は簡潔を心掛けて下さい。科学の表現は小説とは違うので、単純明解を良しとします。

レポートの実際;
 みなさんがレポートを提出したあと、それを読むのは担当教官ですが、担当教官が読むことを想定してレポートを書いてはいけません。担当教官は、当然、実験を行った分野の知識と経験に富み、少しぐらい表現が足りなくても、ああ、あのことをいっているなと見当をつけられるはずです。しかし、この特殊な条件を想定してレポートを書いては、客観性を求められる科学論文の書き方の練習にはなりません。レポートを読んでもらう人として、生物学を高校まで習い、興味を持っている人ぐらいを対象に考えて下さい。例えば、はじめは5ー6年後の自分を対象としてみるのも良いでしょう。レポートを書いた本人でも、5年も経てば、実験内容を良くは覚えていないはずです。その時の自分が、レポートを読み返すことにより、手にとるように実験のながれや結果を理解できるように書けていれば、良いレポートといえるでしょう。次の段階として、全く実験を見たことも経験したこともない人を対象に理解してもらえることを目指すと良いでしょう。
 さて、レポートの実際の形式に移ります。ここでも、科学論文の形式を基準としました。論文の骨組みとなる主なセクションの構成は、フルペーパーの場合を例にとると、次のようなものです。
 *題名、*要旨、*イントロダクション(導入)、*材料と方法、*結果、*考察、*引用文献
 ショートレポートでは、これらの構成は厳密ではなく、例えば、結果と考察を一緒にして、結果と考察セクションの様に書かれているものがあります。しかし、後で述べるように、結果と考察は根本的に違う事柄を扱うものなので、初心者の内はこれらを分けて書いた方が良いと思っています。以下に、これらのセクションについて説明してゆきます。

題名;
 何をどのように解明したかを短く記します。近ごろでは「00はxxを**している」等と新事実を前面に出すものも多く見られます。実験科目の場合、課題名として与えられている事が多いでしょう。なお、題名を記した表紙には、著者、研究が行われた場所、キーワード、問い合わせ先等が記されているのが普通です。

要旨;
 これは、色々な人々が、たくさんの論文の内容を知ることが可能なように、成果を短く要約したものです。実験科目のレポートの場合、略しても良いと思います。

イントロダクション(導入);
 原著論文の導入では、あなたが今やっている実験の分野でこれまでに何がわかっており、何が問題なのか、また、その実験の目的は、何を(どこまで)明らかにするものかを表現します。また、その問題を明らかにすると、こういった意味がある、或いは、重要性があるといった研究の意味付けも可能でしょう。このセクションの最後の方に、この研究でこんなことがわかったよと簡単に書き加えることも多いと思います。これが、原著論文の導入に求められていることですが、実験科目のレポートを書く時には、一つ大きな違いがあります。実験科目は、実は、すでにわかっている問題を追試するかたちをとるからです。したがって、実験科目の導入は、原著論文とは少し違ったものになると思います。これは、目的が異なるためです。実験のレポートはみなさんの実際の目的にあわせて書いて下さい。テキストに書かれた目的が、おおいに参考になるとは思いますが、自分なりに実験の意味や目的を考えて、丸写しは極力避けて下さい。既成の物を丸写しにしたのではみなさんの個性をまるで反映しないからです。
 話は少し脇道に外れますが、将来、みなさんは色々な形で自分の研究について発表する機会があることと思います。例えば、科学論文、学会での口頭発表、卒業研究、修士論文、博士論文等の審査会、一般の人向け講習会、中学、高校、大学等での授業などが考えられます。どのような発表にも、導入は必要ですが、それぞれの場合に対象とする人々を意識することが重要です。専門雑誌のレフェリーを論破する時と、小学生を相手に、自然の楽しさを紹介する時とでは、おのずと導入が異なるはずです。相手の基礎知識を考えに入れて、どこまで遡って導入を構成すれば良いかを考える必要があります。

材料と方法;
 実験で用いた材料(生物から、器具、薬品に至るもろもろ)から実験の方法まで、実際の実験経過に忠実に書きます。実験をしたことの無い人が、あなたの文章を読んで、同じ実験を再現し、同じ結果を得ることができるように書けるのが理想です。実験の再現性は、実験結果の信憑性を保証するものです。そのためには、必要な情報をしっかりと書きます。

結果;
 結果は文字どおり、実験の結果を記すセクションです。結果はあくまで実験で生じた事実であり、実験者の憶測や意見を含んではいけません。実験で得られた事実を客観的に書きます。ペンレコーダーや測定機器などの記録やスケッチ、写真等は大事な結果の一部ですが、それだけでは結果の記載にはなりません。結果はあくまで客観的な文章として書いて下さい。実際の生データを結果の一部として示す場合には、何を記録したものか、横軸は何か、縦軸は何かなどの説明が必ず入っている必要があります。また、測定結果は他人にわかりやすいように、まとめた図に再編したり、記録の中の値を計測して、表や図を作ったりします。スケッチや写真に関しても、何を見たものか、顕微鏡観察のスケッチであれば、倍率や実際の大きさの基準値を示す必要があります。このような、まとめの後に、結果の説明を行います。すなわち、図や表はデータであり、結果の一部をなすに過ぎません。はじめに、結果を文章で書き、それの根拠であるデータを図や表の形で取り入れて説明してゆくという方法が一般的でしょう。

考察;
 自分の得た結果の解釈です。今までの研究成果との比較、新しくわかったことの重要性、意義等について書きます。
 これまで、科学的表現の客観性ばかりを指摘してきましたが、科学の分野では、研究者の独創性も重要です。考察は研究者の考えを述べたり、独創性を示したりするのに重要なセクションです。私はこうではないかと思う、或いは、この先、こんな現象と関連して調べてみたい、等の考えを示すことも可能です。ただし余りとっぴょうしもない議論、論拠が明白でない議論は、科学の客観性から逸脱すると考えて下さい。これらは、論文を投稿した時にはオーバーディスカッションだといわれ、改訂を指示されると思いますが、みなさんのレポートでは、大いに想像力を逞しくして、柔軟な思考で色々なことを考えて、書いてきてほしいと思います。

引用文献;
 イントロダクションや考察では、今までに知られている事柄をかいつまんで書く必要があると思います。客観的に記載するためには、それらを誰がいつどこの雑誌に発表しているかを具体的に示す必要があります。根拠の無い噂に基づいて書いてしまった等というのは良くありません。本文中では、出典を引用し、実際の文献は最後にまとめて書きます。

最後に;
 ここまで、科学的な表現の何たるかを少しでもみなさんにわかってもらおうと書いてきました。読みなおしてみて、随分うるさいことを書いてしまったなーと感じています。私自身、物事をわかることと、できることは別の事であるのを知っています。ただ、わからないことは決してできないとも考えています。まず、理解してもらうことがこの稿の目的です。ここで書いた事柄は、目標であり、理想であるという側面も多くあります。すぐに科学的表現ができないからと言って、決してへこたれないで下さい。あまり窮屈に考えず、ここで述べたことを念頭に置いて、これに近付ける方向で練習をするつもりで書いていって下さい。初めは、客観性うんぬんも難しいでしょうが、他人にわかってもらうより先に、5年後の自分が読んでわかるかなと想像してみるぐらいが良いでしょう。みなさんの健闘を期待してこの稿を閉じることにします。

(平成14年度、基礎生物学実験責任者、大網一則)

基礎生物学実験テキストより引用。