水の中を泳ぎ回る原生動物。彼らの動きは生物好きの人々をあきさせる事はありません。原生動物は一つの細胞が一つの個体を作るという、大変シンプルな体をしています。それでも、彼らは生物が生きてゆくのに必要な仕組みをたった一つの細胞の中にすべて持っているのです。彼らは活発に運動し、餌をとって増殖し、また、配偶行動により子孫を残します。

 ゾウリムシのように繊毛を持ち遊泳する原生動物は水中の化学物質の存在によって泳ぎ方を変化させ、その結果、化学物質を含む溶液に集まったり、反対に、そこから離散したりします。このような行動反応は、生物が自らの生存に適した環境を選ぶ意味で大変重要な事です。毒になるような物質がある所にとどまる事は直接死につながります。一方、餌や栄養になる物質を感じ取り、そこに集まる事は小さな生物が生存する上で大切なことです。彼らが生きるという目的にかなった行動をとることができるのは、まず第一に、水中の化学物質を感じとる事ができるからです。これは、人間のような高等動物にも備わった能力であり、舌で甘味や塩っぱさを感じ、また、鼻でうなぎを焼くにおいを嗅ぎ取るのと同じような能力です。専門的な言葉で言うと、ゾウリムシにも人間にも一般的な化学受容と言う機能が備わっていると言う事ができます。

 水中の物質を受容した結果、原生動物はそれに対して集まるか逃げるか、色々な行動反応を見せます。それでは、ゾウリムシの行動反応はどのように制御されているのでしょうか。人間が足の筋肉を収縮させて歩いたり走ったりするのと同じように、ゾウリムシは繊毛という大変細い枝状の構造を振る事により回りの水をかき、水中を遊泳しています。これを繊毛打と呼んでいます。この繊毛をどちらの方向に、どのくらい強く、また、どのくらい早く打つかにより、ゾウリムシの遊泳行動は決められるとかんがえられます。生き物、特に動物が示す動きの制御は大変興味深いものです。これらは、細胞運動や行動の制御といった言葉で研究の対象にされています。

 それから、もう一つ、動物や人間の筋肉が電気仕掛けで動いているのをご存知でしょうか。すべてとは言いませんが、脊椎動物の骨格筋や多くの無脊椎動物の筋肉が電気で制御されています。心臓の電気活動を体の表面から記録するのが心電図であるのをご存知の方は多いでしょう。筋肉の制御、即ち、行動の制御に関わる電気現象の理解は生物の動きを考える上でとても重要です。電気は金属とイメージが重なるため、動物の体のようなもののどこにあるんだといぶかしく感じる方もいるでしょう。実は、生物体内の電気は細胞の内外を仕切っている細胞膜を介して発生している、いわゆる膜電気なのです。金属中を流れる電流は自由電子により運ばれますが、水溶液中では電流はイオンにより運ばれます。細胞膜にはこのイオンの出入りを精密に制御するイオンチャンネルと言うタンパクがあり、膜電気現象を担っています。先に膜電気現象が行動を制御すると書きましたが、実は、受容の実体も、膜電気現象が中心的な役割を果たします。それから、言わずもがなですが、脳の活動も構成単位である神経細胞の膜電気現象が中心となっています。話が遠くなりましたが、原生動物ゾウリムシに目を向けた場合も、化学物質を受容する時にも、また、繊毛打を制御する時にも膜電気現象が重要な役割を果たしています。そんな訳で、生物の電気現象を理解する事はとても興味深い問題です。

 ここまで述べてきたように、生命には単純な体制の原生動物にも人間にも当てはまるような、一般的な機能が備わっている場合が多く見られます。これらの機能を解き明かす事が私の現在の研究テーマとなっています。Simple is best と言いますが、解析する系は単純な方が良いと思っています。これが原生動物を使っている理由です。もちろん高度な脳の働きや、個体群で現れてくるような生態学的な原理を解明する事はできませんが、もっと単純でどの生き物にも備わっている大切な機能を解明できればよいと思っています。