ゾウリムシの行動反応の制御機構

その3:ゾウリムシのTriton X-100 抽出モデル

 ゾウリムシの繊毛打の制御機構を調べるために、Naitoh & Kaneko (1972) は界面活性剤で細胞膜を溶かし、繊毛の運動機構周辺の化学環境を容易に変えられる細胞モデルを作りました。なるべくマイルドに膜を抽出すると、運動にかかわるタンパクが活性を保ったまま、モデル細胞を作ることができます。この状態では、拡散障壁としての膜がないため、外液中に与えたATPや各種イオンが繊毛の運動系に直接届きます。内藤先生にお話を伺った所、随分いろいろ苦労されて、様々な条件の中からうまいモデルができるものを捜されたようです。

 さて、このモデルは、ATPをエネルギー源として繊毛を動かし、生きているゾウリムシの様に泳ぎました。このとき、溶液中にはEGTAというCaイオンのキレーターを入れてCa濃度をマイクロモル以下に抑えておくと、ゾウリムシは前に向かって泳ぎました。一方、マイクロモル以上のCaが存在すると、後ろに向かって泳ぎました。これらの事実から、ゾウリムシの遊泳にはエネルギーとしてATPが必要であり(補助因子としてMgも必要です)、繊毛の有効打の方向はCaイオン濃度により制御されている事が明らかとなりました。
 運動系は全く別ですが、我々の筋肉でやはり同じ様な低濃度のCaイオンが収縮の引き金を引いている事を考えると、Caイオンの重要性が実感されます。

 さて、この繊毛逆転をもたらすCaイオンがどこから来るかというと、ゾウリムシの膜がCa活動電位を発生する事と大きな関わりがあります。ゾウリムシの膜は我々の筋肉や神経と同様に活動電位を発生しますが、ゾウリムシの場合は電位依存性のCaチャンネルが活性化する事により活動電位が生じます。因に、高等動物の神経では、活動電位は主にNaチャンネルの活性化により生じます。活動電位が生じると、開いたCaチャンネルを通って、外液中のCaイオンが細胞内に流入します。これにより、細胞内のCaイオン濃度が上がり、繊毛の逆転機構を活性化すると考えられています。活動電位に伴い流入するCaイオンの量は微々たるものですから、元々細胞内にきわめて低濃度のCaイオンしかない事が大変重要です。そうでなければ、流入したイオンはほとんど無視できる様な濃度変化しかもたらさないでしょう。
 このように、Caイオンは膜電気現象と運動系を結びつける重要な要素として働いています。

 ゾウリムシやウニの精子で使われているこの方法は、生命現象をよりシンプルに解析するという意味で大変魅力的でした。私も、この、Triton モデルの仕事に触発されて、ヤコウチュウでモデル細胞を作りました。結果はヤコウチュウの項に書きますが、ヤコウチュウでは驚くべき変な?収縮系が見つかりました。この、シンプルな実験系が生命の謎をずいぶんと白日の下にさらしてくれていると思います。