高等植物の細胞間接着機構の解明

 動物、植物などの多細胞生物にとって細胞間接着は、形態形成の調節を行うにあたって非常に重要なファクターの一つであります。また、細胞接着機構の発生は、単細胞から多細胞化した組織を有する高等生物への進化の鍵となった事象であるとも考えられます。多細胞植物では、細胞同士が強く接着することで、胚や芽の形成をはじめとする形態形成現象が成立しており、また、時に応じてその接着性を弱めることも、葉肉組織の形成や落葉・落果など、種々の発生現象に必須であると考えられます。

 動物細胞とは異なり、植物細胞の機能は、堅い細胞壁によって空間的に制限されており、細胞間の接着は細胞壁を介して行われています。細胞接着現象にとって重要な細胞壁成分として主な役割を演じているのは、細胞壁多糖類の一種であるペクチンです。ペクチンは隣接した細胞の細胞壁同士を接着する、いわば細胞壁間のセメントとしての役割を果たすものであると一般的には考えられています。細胞接着に重要な役割を果たしているペクチンを初めとする細胞壁多糖に関しては、その生合成メカニズムに関する知見が極めて乏しいのが現状です。

 そこで、組織培養変異体作出系(不定芽)を用いて細胞接着性の弱くなった突然変異体nolac (non-organogenic callus with loosely attached cells) の作出を試み(図1)、nolac-H18株を確立しました。nolac-H18は、細胞接着性が非常に弱い細胞株で、ペクチン構造が異常になっていました。このnolac-H18の原因遺伝子を同定し、新規遺伝子=NpGUT1 (glucuronyltransferase 1)を発見しました。NpGUT1は、ペクチン多糖にグルクロン酸を転移する新規酵素をコードする、ペクチン合成に関わる世界で初めての遺伝子で、頂端分裂組織で発現が強く、ホモログがシロイヌナズナやイネのゲノムデータベースにも機能不明のまま登録されていました(PNAS2002)。NpGUT1の発現を抑制すると非常に細胞接着性の弱い不定芽が形成され、ペクチン合成が細胞接着に必須であることが示されました(図2)。この酵素の働きにより作られるペクチンの構造(RG-II)は、植物の必須微量元素であるホウ素を介してペクチン同士を結合する働きを持ちます(図3)。NpGUT1は、分裂組織などに加え、花の受精に関わる組織でも発現して働いており、細胞接着に重要であるだけでなく、花粉管ガイダンスや離層組織の構造にも重要であることが明らかとなりました。

 

スタッフの研究テーマ
本多秀行

 生命環境科学研究科

 生命共存科学専攻

 2年

 生殖過程における植物の細胞壁マトリックス糖鎖の機能解明
佐藤淳也

 生命環境科学研究科

 生命共存科学専攻

 1年

 単子葉植物を用いた発生過程におけるペクチン主鎖の機能解明
四谷 紗和子
生物学類4年
単子葉植物におけるペクチン-ホウ素架橋関連遺伝子の機能解明
市川 愛
生物学類4年
単子葉植物の生殖過程における細胞壁マトリックス糖鎖の機能解明
稲村 拓也

生物学類4年

単子葉植物におけるアラビノース合成メカニズムの解明

共同研究して頂いている石井先生(森林総研室チーム長・筑波大学連携大学院教授)

森林総研

石井忠先生

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