光周性花成誘導機構の解析

通称:花グループは、植物が花を咲かせる仕組みを解明する事を目標としています。


研究の概要

 生物は、1年周期の季節変動や24時間周期の昼夜の交替などによる日周変動によって、温度や湿度などの劇的な環境の周期的変動にさらされている。生物は、このような季節変動や日周変動を感知し、有効に利用する能力を獲得し、発生、成長、生殖などを季節周期と同調的に行うことに成功している。特に高等植物は自ら移動できないため、季節変動を鋭敏に感知する必要がある。日長によって花芽形成が制御される光周性花成誘導もその一つである。この光周性花成誘導過程は、光周刺激の感受、生物時計による暗期長の計測、環境刺激の情報伝達、花成ホルモンの合成を行う過程であると考えられている(光周性花成誘導の模式図)。この暗期の長さの計測には、生物時計が関与することが予想されていたが、その詳細な分子機構はほとんど明らかではない。近年、我々は分子生物学的な手法を用いて、光周刺激に対して極めて敏感な短日植物であるアサガオ(品種、紫)より、光周性花成誘導時に特異的に発現し、生物時計による24時間周期のサーカディアン(概日)発現制御を受ける新奇時計制御遺伝子(PnC401、PnGLP)を単離した。PnC401遺伝子の発現は、光周性花成誘導時に特異的であり、暗期中に発現のピークが見られるような暗期型の24時間周期のサーカディアン発現変動を示し、動物などの時計遺伝子と考えられているPeriod遺伝子やTimeless 遺伝子と同じ暗期型であり、これまでに研究されている日中に発現量が増加する光合成関係の遺伝子とは異なっている。よって、PnC401遺伝子は、生物時計により制御されいることはもちろんのこと、植物の生物時計に何か重要な役割を担う可能性が示唆された。 



花成誘導特異的遺伝子の単離

 光周性花成誘導時に特異的に発現する遺伝子を行うには、光周性反応が敏感な植物を用いる必要がある。我々が実験植物として用いているアサガオ(品種 紫)は極めて敏感な短日植物であり、発芽後6日目の芽生えの段階でも、1回の短日処理(16時間暗期)を行うことにより完全に花成を誘導することができ、花成誘導から花芽分化までのイベントを経時的に観察することができるため、光周性花成誘導の研究に広く用いられている(アサガオの実験系)。
 我々は、アサガオ(品種紫)より、in vivoラベリングタンパク質の二次元電気泳動、Subtraction libraryのdifferential screening法、differential display法を用いて、光周性花成誘導時に特異的に発現する遺伝子を単離した。differential display法によって単離したPnC401遺伝子は、花成誘導暗期中に特異的に発現し、サーカディアン発現変動を示す遺伝子であった。また、in vivoラベリングタンパク質の二次元電気泳動によって同定したPnGLP遺伝子も、誘導暗期中に特異的に発現し、サーカディアン発現変動を示す遺伝子であった。PnC401遺伝子は、既知の遺伝子との相同性が見られず、新規の遺伝子であるが、PnGLPは、コムギのGerminと相同性を示すGermin-Like Protein(GLP)と総称される一群のタンパク質ファミリーとの相同性が認められた。また、モデル植物としてのシロイヌナズナより単離したこれらの遺伝子のホモログ(AtC401, AtGLP1,2)もサーカディアン発現制御を受けることが判明した。


時計制御遺伝子の発現制御機構の解析

 我々が単離した時計制御遺伝子(PnC401, PnGLP, AtC401, AtGLP1,2)の発現をノーザン解析により調査した結果、これらは全て、光周性花成誘導に関与する遺伝子の予想される発現パターンとすべて一致していた。このからも、我々が単離した時計制御遺伝子が光周性花成誘導において重要な機能を果たす可能性が示唆された。

花成誘導に関与する遺伝子の予想される発現パターン:
1)花成刺激の感受および花成ホルモンの合成の場であると考えられる葉で特異的に発現すること。
2)花成誘導暗期中に発現のピークを示すこと。
3)花成誘導を阻害する植物ホルモンや阻害剤などにより、発現が抑制されること。
4)花成誘導を阻害する誘導暗期直前の近赤外光照射、及び誘導暗期中の赤色光照射により、発現が抑制されること。
5)品種ごとに異なる限界暗期長と相関を示す。

これらの時計制御遺伝子の発現制御機構を明らかにするため、プロモーター領域を含むgenomic cloneを単離し、プロモーター解析を行った。プロモーター活性の測定にはホタルの発光タンパク質であるルシフェラーゼ(Luc+)をレポーター遺伝子として用い、レポーターアッセイを行った。プロモーターデリーション実験により、AtC401, AtGLP2のサーカディアン発現制御に関わるシス領域が判明した。さらに、決定したシスエレメントに結合するトランス因子の検索をYeastのOne-hybrid法を用いて行い、単離したトランス因子が、転写因子としてC401のサーカディアン発現制御に関与するかどうかを調査する。


時計制御遺伝子の機能解析

 PnC401、AtC401、PnGLP, AtGLP1,2のセンス/アンチセンス遺伝子を植物(アサガオ、シロイヌナズナ、タバコ)に遺伝子導入し、過剰発現・発現抑制の効果を調べ、これらの遺伝子が開花時期や形態形成に影響を与えるかどうか調査し、機能の類推を行っている。また、これらの形質転換体において、mRNAの発現の周期への影響についても調査する。また、シロイヌナズナにおいて、T-DNAの挿入によるAtC401, AtGLP1,2の遺伝子破壊株のスクリーニングを進めており、これらの遺伝子の突然変異により、開花時期や形態形成に影響を与えるかどうか調査中である。一方、これらの時計制御遺伝子のタンパク質の機能については、大腸菌内で発現させたタンパク質を精製し、種々の活性測定に用いた。PnGLPについては、germinが持つオキザレート活性は持たない事が判明した。また、AtC401については、kinase活性を持つことが判明した。現在、Yeast Two-hybrid法を用いてAtC401と相互作用するタンパク質を検索しており、AtC401の詳細な分子基盤の解明を目指している。


時計突然変異体の単離

 AtC401遺伝子のプロモーターにレポーター遺伝子としてルシフェラーゼを連結したコンストラクトをシロイヌナズナに導入し、24時間周期のルシフェラーゼの発光が観察できる形質転換体を作出した。この形質転換体に突然変異処理を施し、高速大量処理が可能な高感度ルミネッセンス検出測定装置トップカウントNXTを用いて、24時間周期のAtC401の発現に由来するルシフェラーゼ発光に異常を生じた突然変異体をスクリーニングする。現在、時計制御に異常を生じた突然変異体(時計突然変異体)のスクリーニングを進めており、時計突然変異体から原因遺伝子の単離を行い、この遺伝子の発現解析・機能解析等を行い、この遺伝子が時計遺伝子の本体であるかどうか、あるいは時計制御機構にどのように関与するのかを明らかにし、高等植物の時計制御機構の本体に迫る。


花成誘起関連遺伝子の探索

  花成誘導直後に茎頂分裂組織は、栄養生長から生殖生長へと発生のプログラムが変換される。この過程を花成誘起と呼ぶ。我々は、アサガオより一回の短日処理による花成誘導直後に茎頂部で発現する花成誘起に関連する遺伝子の単離を試みた。これまでに、花序分裂組織の形成に関わることが明らかとなっている数種の転写因子の単離に成功している。これらの転写因子の中で、花成誘導直後に発現する遺伝子を同定し、その遺伝子の機能を明らかにすることにより花成刺激の感受機構の解明を目指す。


今後の研究課題

 PnC401のサーカディアン発現に関与するシスエレメントの同定、そこに結合する転写因子の単離、新奇時計制御突然変異体の発見により、高等植物の時計制御機構に迫ることができると期待される。また、短日植物であるアサガオに対して、日長感受性の異なる長日植物のシロイヌナズナにおける発現調節機構を調べ、短日植物のアサガオと対比することにより、植物の光周性反応を決定する機構が明らかになると予想される。将来的には、時計制御遺伝子の発現の調節により、光周性を示す植物の開花時期のコントロールへの応用が期待される。この時計制御遺伝子の機能を明らかにすることにより、高等植物の光周性花成誘導及び時計制御機構の解明が期待される。


参考文献