高等植物では、多数の細胞が集まって一つの個体を形成し、個体全体として生産効率の高い、調和のとれた生活が営まれ
ています。この様な植物体の発生や機能には、細胞と細胞、組織と組織、器官と器官
の間のコミュニケーションが欠かせません。
植物には、神経系も血管系もありません。ではどのようなメカニズムで個体機能の統御が行われているのでしょうか。高
等植物の個体の発生現象や機能を、細胞・組織・器官間相互作用の観点から解明するのが、我々の研究室のメインテーマで
す。
春の芽吹き、開花に始まって、草木は四季折々、多彩な姿を我々に見せてくれます。しかし、地中に隠された根が、どのような生活をしているのか、意識している人は少ないのではないでしょうか。植物
は、光合成を行って自ら有機栄養素を作り出し、地球上の全生物を養う、生命の源です。光を獲得するために伸ばした茎葉と、水や無機栄養素を得るために地中
に伸ばした根を連絡する維管束は、篩管と導管から
構成され、篩管は主に葉から根へ、導管は根から葉への物質と情報の輸送を担当しています。元気に茂った草花を植え替えてみると、よく枝分かれした若々しい
根が発達しているのを目にします。茎葉と根は、それぞれが勝手に活動しているのではなく、お互いの発達と機能を制御し合うことにより、植物体全体の統制を
保っています。
根がどの様に植物体の発達や機能を制御しているのかを明らかにするために、我々は、カボチャ、キュウリ、
ブロッコリー、トマトなどを栽培し、ヘチマ水を採る要領で導管液を集めて、中に含まれる成分と生理活性を調べてい
ます。導管液とは、
導管の中を流れる液体のことで、水と無機栄養素に加え、根で合成されて地上部へ送られる有機物質が含まれています。研究の結果、導管液には、これまで知ら
れていなかったタンパク質や糖質に加え、葉の緑化や細胞の分裂などを制御する新しい生理活性が見いだされました。さらにそれらが、土壌水分などの根の受け
る環境要因によって変化することが判明しました。
一方、これらの導管液有機物質の合成に関わる遺伝子がキュウリやシロイヌナズナで同定され、根の中心柱内の維管束細胞がその産生に関わっていることが分
かってきました。中でも、導管液レクチン遺伝子(XSP30)の根における遺伝子発現は、概日時計制御のもと、葉の受ける光条件などの環境要因や葉で合成
されるジベレリンという植物ホルモンによって制御されていること
も判明しました。また、ジベレリン合成の欠損したシロイヌナズナ変異体の地上部にジベレリンを与えることで、根での発現が上昇する遺伝子を
マイクロアレイ法を用いて探索し、ジベレリンを介して地上部器官によって制御される根の遺伝子の解析をすすめています。この様に、茎葉と根が各々受けた環境情報が、どの様にお互いに伝達され、お
互いを制御しているのか、根において導管液有機物質の産生に関わる遺伝子の発現制御とその機能に注目しながら解明を進めています。
近年、地球温暖化の影響で冬の低温が不十分なため、春の萌芽が狂ってしまう被害が我国の果樹栽培で報告されています。これは、温帯や亜寒帯に生育する多
くの樹木において、休眠の解除に一定期間の低温が必要であることに起因しています。落葉木本植物のモデル植物でゲノム解析の終了しているポプラで
は、茎葉は春に開芽/展葉し秋に休眠/落葉する年周期性を示すことが良く知られていますが、根の成長や機能の年周期性についてはあまり解明されていませ
ん。そこで、筑波大学内のポプラ(P. nigra var. italica)の切枝に真空ポンプを繋ぎ、−0.08
MPaで一定時間吸引し、導管液を2年間に渡って採取し、根で吸収生産された成分の変動を調査しました。その結果,CaやKのようなカチオンやグルコー
ス、タンパク質(XSP25など)などが12〜1
月の導管液に豊富に存在し、ホルモノーム解析の結果ABAやtZR等の植物ホルモンも同様のピークを示しました。根の生長は地上部の生育が盛んに
なる6月頃から活発になりますが、根の機能はそれ以前から活性化され、そのタイミングは各種の機能によって異なると考えられます。現在、日本自生のポプラ
であるドロノキ(P. maximowiczii)を用いて、屋外の鉢植えおよび実験室内で栽培した植物を用い、日長や低温
などの環境要因と根の機能に関係する各種遺伝子の発現、アブシジン酸やジベレリンとの関係を調査することで、根の機能の年周期性の制
御機構と、冬から春先の導管液に含まれる有機物質の機能解明を目指しています。
我々が冬食べているキュウリは、ほとんどがカボチャの台木に接ぎ木され、カボチャの根の上で育ったものです。この接ぎ木は、連作障害を防ぐために行われてい
る環境にやさしい農業技術の一つですが、接ぎ木がうまく行くのは、カボチャとキュウリの傷害を受けた茎の部分で細胞分裂が誘起され、細胞同士が接着し、維
管束などの組織が分化・再生して機能的にも連結したからです。この接ぎ木技術は、植物が本来もっている傷害に対する環境適応機能をうまく利用したもので
す。この組織の癒合(ゆごう)は、葉で作られたジ
ベレリンと根から供給される因子(亜鉛、マンガン、ホウ素)の両者が必
須であることが判明しています。
近年、同様の癒合現象が切断を受けたシロイヌナズナの花茎でも見られる事がわかり、切断花茎の癒合時に発現する遺伝子のマイクロアレイを用いた網羅 的解析を行った結果、ホルモンや細胞壁に関連した遺伝子、ある種の転写制御因子遺伝子の発現が上昇することが明らかになりました。茎の癒合では、頂 芽から根に向かって極性輸送 されるオーキシンと、傷の上下で作られるエチレンとジャスモン酸という2種類の傷害ホルモンが重要であることが分かってきました。現在、それら の遺伝子産物の癒合現象における働きの解明をすすめています。
我々の研究は、植物がどの様に日々暮らしているのかを、植物の身になって考えるものです。その中から人間に役立つ技術が生まれてくることを願っていま
す。
筑波大学 生命環境科学研究科
佐
藤 忍
実験室:総合研究棟 A419号室(電話:029-853-4871、FAX:-4579)
オフィス:同 409号室(電話:-4672)
電子メール:satoh.shinobu.ga@u.tsukuba.ac.jp
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生物学類
生命環境学群
生命環境科学研究科・環境バイオマス共生学専攻/生命共存科学専攻
生命環境科学研究科・環境科学専攻