ウミホタル心臓の生理学的研究

   石井幸子     指導教官:山岸宏  責任教官:斎藤健彦 

〔はじめに〕

 動物の心臓は生理学的に,心筋がペースメーカーである筋原性と神経がペースメーカーである神経原性とに大別される。節足動物甲殻類の心臓は,心臓内にある心臓神経節がペースメーカーとなる神経原性とされてきた。しかし最近,甲殻類の心臓ペースメーカー機構に筋原性から神経原性まで,幅広い系統的多様性のあることが次第に明らかになってきた。甲殻類の系統で比較的原始的な位置にある貝虫類のウミホタルの心臓では,心筋は心臓内にある単一のニューロンによって支配されていることが報告されている。このウミホタルにおける心臓拍動機構を明らかにするのが本研究の目的である。

〔材料と方法〕

 材料は,節足動物門甲殻綱貝虫亜綱ウミホタル目ウミホタル Vargula hilgendorfii M殕ler の雌雄成体(体長約3mm) を用いた。ウミホタルは千葉県館山市の海岸で,夜間にトラップで採集し,実験室内で飼育した。

 ウミホタルを実験チャンバー中に固定した後,実体顕微鏡下で解剖し,心臓以外の組織を取り除いて心臓を露出した。標本は常時,生理塩類溶液で還流し,還流液を試薬を含む生理塩類溶液に換えることによって,心臓に対する薬理効果を調べた。解剖顕微鏡に接続したビデオカメラで心臓の拍動をビデオで撮影し,心臓拍動の変化を記録した。

〔結果と考察〕

 生理的塩類溶液を還流したときのウミホタル心臓の拍動頻度は,180 〜

240/min の範囲であった。甲殻類の神経の活動電位の発生を抑える事が知られている,ナトリウムチャンネル阻害剤のフグ毒(テトロドトキシン)の心臓拍動に対する効果を調べた。様々な濃度のテトロドトキシンを含む生理的塩類溶液を還流した結果,10−6M以上の濃度で心臓拍動は完全に停止した。それ以下の濃度では,心臓拍動に顕著な頻度変化はみられなかった。

これらの結果は,ウミホタルの心臓が心臓内にある単一のニューロンがペースメーカーとなって心筋を駆動する神経原性であることを強く示唆する。

〔今後の予定〕

 テトロドトキシンの効果から示唆された結果を,心筋および心臓ニューロンの電気的活動を記録し,ウミホタルの心臓拍動機構を電気生理学的に解析する予定である。さらに,他の甲殻類の心臓拍動に影響を及ぼす事が知られている,神経伝達物質や神経修飾物質の心臓拍動に対する効果を調べ,ウミホタルの心臓の薬理学的性質を明らかにしたい。


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