円石藻セレン要求性原因タンパク質の同定

小幡 年弘                                   指導教官:白岩 善博

<背景、目的>円石藻Emiliania huxleyiは海産単細胞石灰藻で、円石と呼ばれる炭酸カルシウムの円盤を細胞表面に保持する。海洋中における円石藻のバイオマスは非常に大きく、時に大規模なブルームを形成するなど、環境に与える影響が非常に大きい微細藻類である。本研究室では既に、円石藻の生育には微量元素としてセレンが必須で、その至適濃度は10μMであることを明らかにしている。セレンはメチオニン及びシステインの硫黄原子が各々セレンに置換したセレノメチオニン及びセレノシステインの形でタンパク質中に存在する。哺乳類では必須元素として知られ、活性酸素消去系で働くグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)の構成元素である。単細胞緑藻Chlamydomonas reinhardtiiでもGPxが報告されているが、セレンは生育の必須元素ではない。一方、円石藻ではGPxの活性は認められず、セレン要求性の原因は全く不明である。そこで本研究では、円石藻におけるセレン含有タンパク質を検索し、その分子特性及び機能を解析することにより、「なぜセレンが円石藻の生育に必須であるか」を明らかにすることを目的とした。

<方法>

トレーサー実験:放射能ラベルされた亜セレン酸(75SeO32-)及びシステイン/メチオニン混合液(35S-Met/Cys)を含む培地で細胞を培養し、培養液をUltraFree-MC(MILLIPORE)による遠心ろ過法で細胞と培地に分け、各画分におけるラジオアイソトープ(RI)核種の放射活性をそれぞれγカウンター及び液体シンチレーションカウンターで測定した。また、細胞中のタンパク質をSDS-PAGEで分離し、BAS-5000を用いてRIラベルパターンを解析した。この実験のために「イメージングプレートを用いた75Se及び35Sダブルラベル解析法」を開発し、それを用いた。対照実験として円石藻以外の単細胞藻類を用いた実験も実施した。

タンパク質の精製:収穫した細胞を50mM HEPESNaOH(pH7.5)中で超音波処理により破砕し、その遠心上清を可溶性画分とした。その中のタンパク質をゲルろ過、硫安分画、アセトン分画、水素結合クロマト、陰イオン交換クロマトなどで分離し、75Se-ラベルタンパク質を検索した。

 

<結果>75Seを含む培地中で円石藻(EmilianiaGephyrocapsa)及び単細胞緑藻(ChlamydomonasChlorellaDunaliella)の培養を行った。細胞による75SeO32-の取り込みは経時的に増大したが、Chlorellaではセレンの取り込みが見られなかった。細胞あたりの取り込み量は単細胞緑藻より円石藻の方が大きく、円石藻の高いセレン要求性を強く支持した。また、75Se-ラベルタンパク質のSDS-PAGEパターンは種によって異なった。35S-Met/Cysを含む培地中でEmilianiaを培養すると、2時間以内に細胞によるMet/Cysの取り込みが見られた。SDS-PAGEの結果、多くのタンパク質が35Sでラベルされたが、75Seで特異的にラベルされる分子量25kDのタンパク質(25kD-セレンタンパク質)に硫黄の放射活性は特に認められなかった。これはダブルラベル法でも確かめられた。

浸透圧ショック、及び低強度の超音波処理後に破砕液を遠心したところ、75Se-ラベル物質は沈殿画分に存在した。しかし、超音波処理の強度を増大させていくと目的のタンパク質が沈殿画分から可溶性画分に移行した。

 

<考察>75Se-ラベルタンパク質は種特異的であることを明らかにした。35Sによるラベルが特に見られなかったため、25kD-セレンタンパク質へのセレンの取り込みは合成後のSの置換によるものではなく、合成段階からSe特異的に起こると判断した。また、超音波処理の強度により可溶性が変化することから、25kD-セレンタンパク質は膜表面に緩く結合している可能性が示唆された。これまでに膜局在セレノプロテインの報告は動物を含めて全くなく、本25kD-セレンタンパク質は新規のタンパク質である可能性が高い。このタンパク質の機能を解明することで、円石藻の生育機構だけでなく、セレンの生体内での役割を解明するための大きな手がかりを得ることができるものと期待される。


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