緑色植物門プラシノ藻綱におけるカロテノイドの分布とその進化的意義
吉井幸恵 ;指導教官 井上勲
目的 地球上の広い範囲に生息する多様な生物群である緑色植物は、分類上シャジク
モ藻、陸上植物、緑藻、アオサ藻、そして系統的に原始的な段階にあるプラシノ藻に大
きく分けられる。プラシノ藻の一部の種は、光合成アンテナ色素として働く特異なカロ
テノイドを持つことが知られ、注目を集めてきた。しかし、プラシノ藻の中では未だに
カロテノイド組成が明確でない種も多い。そこで、今回演者は、プラシノ藻の中で3種を選び、そのカロテノイド組成、分光学的特性を調べることを目的と
して実験を行い、緑色植物のアンテナ色素系に関する進化的考察を行った。また、プ
ラシノ藻の中でも、原始的と考えられているピラミモナス目に属するPterosperma
cristatumに対しては、カロテノイドが結合している光合成アンテナ色素蛋白質
複合体(light harvesting complex, LHC)の分光学的特性も調査した。
材料 以下のプラシノ藻3種を用いて実験行った。3種とも、採集後、単藻化した培養株を用いた。
Pterosperma cristatum (宮城県奥松島産、ESM培地 20度
L:D=14:10)
Tetraselmis suecica (沖縄県白保産、ESM培地 20度L:D=14:10)
Monomastix sp. (茨城県つくば産、AF6培地 15度L:D=14:10)< o:p>
また、比較サンプルとしてすでにカロテノイド組成が調べられているミル(Codium fragile)とホウレンソウ(S
pinacia
oleracea)を使用した。
方法と結果
1.
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による含有カロテノイドの分析
Kohata & Watanabe (1991)のHPLCシステムでカロテノイドの分
析を行った。その結果、主要カロテノイドとしてTetraselmis、Monomastix
には陸上植物の主要カロテノイドであるルテインが存在すること、Pterosper
maはルテインを欠くが、他に2種類のシホナキサンチンの派生物質(シホナキサ
ンチンシリーズ)を有することが明らかになった。
2.
吸収スペクトルの測定
3種のin vivoでの分光学的特性を調べるため吸収スペクトルを測
定した。シホナキサンチンシリーズを持つPterospermaでは、ルテインを持つTe
traselmis、Monomastixに比べて、500-550nm(青緑色
光)の吸収が多いことが分かった。
3.
質量分析
Pterospermaに存在する2種類のシホナキサンチンシリーズ
のカロテノイドを精製し、マススペクトルを用いて分子量を決定した。その結果、2
種のカロテノイドはそれぞれシホナキサンチン (C14:1) エステルと、その6’に水酸基を持つ6’-OH-シホナキサ
ンチン
(C14:1) エステルであることが分かった。これは、現在ミルなどで知られているシ
ホナキサンチン(C12:1)エステルやプラシノ藻のPyramimonas
amyliferaで発見された6’-OH-シホナキサ
ンチン
(C12:1) エステル (Egeland et al. 1997) とは異なる新しいカロテノイド
であることが分かった。
4.
LHCの単離
こうしたPterosperma
i>の特異なシホナキサンチンシリーズが光合成のアンテナ色素系として機能している
か否かを確かめるためにPterospermaのLHCをショ糖濃度勾配遠心法によって単離
し、HPLCによって結合カロテノイドを調べるとともに、LHCの吸収スペクトル
を調べた。その結果、PterospermaのLHCにはシホナキサンチンシリーズが結合
し、青緑色光を吸収することが分かった。さらに、525nmのシホナキサンチンシリーズ励起光でLHCを励起したところ光
化学系反応中心Chl.aの蛍光(685nm)が観測された。これはシホナキサンチンシリーズ
が光合成アンテナ色素として働き、反応中心へ電子伝達をしていることを示唆するも
のである。
考察と今後の展望
今回の実験及び以前の実験(Ege
land et al. 1997)から、緑色植物の原始的な段階にあるプラシノ藻にはシ
ホナキサンチンシリーズやプラシノキサンチンなど様々なカロテノイドが存在するこ
とが分かってきた。このことは、緑色植物の初期進化において多様なカロテノイドの
獲得があったことを示唆するものである。また、プラシノ藻が持つシホナキサンチン
シリーズやプラシノキサンチンなどのカロテノイドはルテインより長波長の青緑色光
を吸収する。このことから、緑色植物の進化の初期段階は水深の深い青緑色光の多い環
境で起きた可能性が考えられる。現在演者は、こうした緑色植物の進化の初期段階で
アンテナ色素系に関わるLHCがどのように進化してきたのかを解明するため、プラ
シノ藻数種においてlhc遺伝子の配列を調査中である。
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