マウス突然変異mtDNAを導入したミトコンドリア病モデル筋芽細胞の確立
後藤 裕子 指導教官:林 純一
【結果及び考察】
【目的】
ミトコンドリアは、細胞内の大部分のエネルギーを産生する細胞小器官であり、その内部に独自のゲノム
であるミトコンドリアDNA (mtDNA) を保持している。mtDNAは16.5Kbの環状二重鎖DNAで、ミトコ
ンドリアの内膜に位置する呼吸鎖酵素サブユニットの一部をコードしている。このためにmtDNAの突然変
異は呼吸鎖酵素活性の低下を引き起こしミトコンドリア病の原因となることが報告されている。従って
mtDNAの突然変異は細胞増殖・分化など、エネルギー要求性の高い現象を中心に、様々な影響を及ぼす可
能性があると考えられる。しかしmtDNAの突然変異が細胞活動に具体的にどのように影響するかはそれを
評価するモデルシステムがないことから考察されていないのが現状である。そこで本研究では、筋芽細胞に
4.7Kbを欠失した欠失突然変異mtDNA (ΔmtDNA) を導入した細胞を作出し、細胞分化能の低下やアポト
ーシスに注目してその細胞の性質を解析するためのモデルシステムを確立することを目的とした。
はじめに、ΔmtDNAを持つマウス線維芽細胞M4696 CAP/TK−を除核した細胞質体をΔmtDNAのドナ
ーとして準備し、これをマウス筋芽細胞C2C12とポリエチレングリコールを用いて融合した。融合後、
M4696 CAP/TK−を選択的に排除する培地で生育させ、得られた60クローンについてΔmtDNAを特異的
に増幅するプライマーセットを用いてPCR法で解析したところ、1クローンにおいて目的どおりΔmtDNA
が導入されたことが確認できた。さらに、融合後30日経過したこのクローンは、サザン法によりΔmtDNA
を35%、野生型mtDNAを65%持っていることが分かった。このように外来のmtDNA を導入した細胞
をサイブリッド(cybrid; cytoplasmic hybrid) と呼ぶ。さらに、C2C12 に薬剤処理を行ってmtDNAを欠
損したρ0C2C12 についても同様の操作を行い、60クローン中2クローンで目的のサ
イブリッドが作製できたことを確認した。
次に細胞の性質について基礎的知見を得るため、ΔmtDNAを35%持つクローンを60日間培養し、サ
ザン法を用いてΔmtDNAの割合の変動を調べた。その結果、ΔmtDNAの割合は、約30日経過するまで
は増加していったものの、それ以降は50%でほぼ横ばいになることが分かった。ΔmtDNAは野生型mtDNA
より短いため複製速度が速く、長期間の培養においてその割合が増加する傾向にあることが報告されている
が、一方でΔmtDNAは、呼吸鎖酵素のサブユニットやそれらの翻訳にかかわるtRNAをコードしている領
域を欠失しているため、ΔmtDNAが非常に多い細胞はミトコンドリアの機能低下に伴って生存そのものに
おいて不利であると考えられる。今回の結果より、ΔmtDNAを高い割合で有する細胞は生存できないか、
または生存できても増殖には不利なために結果的にΔmtDNAを低い割合でもつ細胞が次代を担うようにな
っていくものと推測される。今後はそれが細胞の自発的な死、即ちアポトーシスであ
るのかどうかも検証していきたいと考えている。
また、現在得られたサイブリッドをさらにサブクローニングすることでΔmtDNAの割合が高い細胞と低
い細胞を得ており、今後それぞれについて筋分化を誘導し、欠失突然変異の蓄積量と筋分化の進行に関連性
が見られるかどうか探っていくことを予定している。