オオワタノメイガのヘアーペンシル成分に関する研究
玉井浩介 指導教官:本田洋
【背景及び目的】オオワタノメイガNotarcha basipunctalisとワタノメイガN.derogata は形態が酷似し、寄主範囲や雌性フェロモン成分((E,Z)-10,12-16:ALDと(E,E)-10,12-16:ALD)に共通性が高い同胞種である。両種間の生殖隔離には雌性フェロモンばかりでなく雄由来の種識別因子が機能すると考えられる。これまでにガ類では雄のヘアーペンシル中の揮発成分がフェロモンとして働くことが数種で知られている。ワタノメイガには雄性フェロモンが存在しない(高田・本田、未発表)ことを踏まえ、本研究ではオオワタノメイガの雄ヘアーペンシルに含まれる揮発成分の一部の同定とその性質を明らかにした。
【材料及び方法】供試昆虫:つくば市内でアオギリから採集したオオワタノメイガを室内累代飼育(25±1℃、60%R.H.、15L9D)したものを用いた。幼虫には10月中旬まではアオギリ生葉を、それ以後は同葉乾燥粉末で作成した人工飼料を与えた。
ヘアーペンシル成分の抽出:雌から隔離した雄(3~5日齢、暗期開始後5時間)のヘアーペンシルを眼科用ハサミで腹端から切り取り、ヘキサン中で室温下で約5分間抽出した。
活性成分の検出:抽出物中のフェロモン候補成分を、雌成虫の触角での嗅覚応答反応を電気生理学的に検出するGC-EAD法で探索した。ガスクロマトグラフィー(以下GC)は注入部・検出器250℃、カラム槽は40℃で2分間保持した後、5℃/minで230℃まで昇温させた。活性成分の同定はGC-MS法で行った。同定した活性物質は標品を用いてその活性の有無をGC-EAD法で確認した。
活性成分の生産部位の特定:雄外部生殖器ヘアーペンシル複合体を実体顕微鏡下で解剖し、3タイプの異なる毛と交尾器本体とに分別し、それらを前法に従い抽出した。得られた抽出物をGCで定量分析し、活性成分の分布を調べた。
【結果及び考察】ヘアーペンシル抽出物には少なくとも10種の成分に対して雌触覚が反応した。これらの内のGC保持時間が早い2成分(成分2、3)はGC-MS分析からそれぞれbenzaldehyde、3-octanoneとが同定され、これらの標品でもGC-EAD活性が確認された。これらの2成分以外は同定できなかった。しかし、炭素数20以上の不飽和炭化水素やtetorahydro trimetylbenzofuranone と推定される成分にもGC-EAD活性が観察された。。benzaldehydeおよび3-octanoneの90%以上がヘアーペンシルを構成している発香総(coremata)から発生する多穴性の螺旋毛に存在していた。Benzaldehydeを含む数種の芳香族化合物は、他のヤガ科の昆虫で雄性フェロモンに同定されているが本種が属するメイガ科からは最初の知見である。また同じメイガ科のモモノゴマダラノメイガの雄性フェロモンであるtiglic acidも同様にcoremataの特殊化した毛構造に特異的に存在することから、本種でも螺旋毛自身あるいはその基部が生合成部位であると考えられる。一方、本種のようにヘアーペンシルから10種類以上の物質が活性成分として存在が確認された例はこれまでにない。今後、未同定のGC-EAD活性成分の構造決定と今回明らかにされた成分を含む全成分の機能、即ち一連の配偶行動や同胞種との間の生殖隔離における活性成分の機能解明が必要を思われる。