辻野 なつ子 指導教官:松崎 一葉 責任教官:高橋 三保子
[導入]
オレキシンA、オレキシンBは、オーファンレセプターの内因性のリガンドとして最近見つかった神経 ペプチドである。それぞれ同一の前駆体であるプレプロオレキシンから生成され、OX1受容体、OX2受容体という よく似た2種の受容体に働く。OX1受容体はオレキシンAに選択的だが、OX2受容体は両ペプチドに非選択的である。 オレキシン神経細胞は、視床下部外側野(LHA)とその周辺に特異的に局在している。LHAの損傷は 摂食障害の原因となることや、LHAの電気刺激は、摂食行動を引き起こすことから、LHAは摂食行動に深く関与 していると考えられている。これに合致して、合成オレキシンを脳室内に投与すると強い摂食行動が 引き起こされることが確認されている。その他の脳内の物質として、ニューロペプタイドY(NPY)や ガラニン等が、摂食を亢進させるものとして知られている。オレキシンの脳室内投与では、これら2種の物質の 投与では観察されない摂食に付随した情動行動などを引き起こした。 [目的] オレキシンによって引き起こされる摂食行動がその他の摂食促進に関与する脳内生理活性物質(NPY、 ガラニン)とどのように異なっているのか、またそれらとの相互作用はどうなっているのかを macronutrient selection assay を用いて調べ、摂食行動におけるオレキシンの役割を考える。 [実験材料と方法] オスのウィスター系ラット(230〜260g)を温度、照明とも制御された部屋で飼育した(22℃、 12時間周期 light-on 8:00 A.M.〜8:00 P.M.)。ラットを麻酔し、側脳室にカニューレを留置する手術を行い、 その後1匹づつ個別に飼育し、一週間回復させた後に実験を開始した。macronutrientとして、炭水化物食、 タンパク質食、脂肪食の3種類を用意し、独自に作成した箱にエサを入れ、自由に選択させた。毎日5:00 P.M.に 一日の摂食量を測定し、basal food intakeとした。ラットをbasal food intakeのパターンによって炭水化物 嗜好性グループと蛋白質嗜好性グループとに分けて実験を行った。 すべての実験は10:00A.M.に開始した。ペプチド(オレキシンA、NPY、ガラニン)は注射用蒸留水で希釈し、 容量3μlで投与した。対照群として注射用蒸留水を用いた。摂食量は、ペプチドもしくは注射用蒸留水の投与後 4時間後に測定した。 [結果と考察、今後の展開]
グラフに示すように、NPY、ガラニンの脳室内投与では個体ごとのbasal food intakeのパターンに 関わらず炭水化物食に偏った摂食を示すのに対し、オレキシンA脳室内投与後の摂食はbasal food intakeと よく似た摂食のパターンを示した。全体の摂食量(kcal)は、オレキシンA、NPY、ガラニンともほぼ等しかった。 以上の結果から、オレキシンの脳室内投与によって引き起こされる摂食は、NPY、ガラニンによって 引き起こされる摂食とは異なることがわかった。NPYを投与したラットは投与後1時間に渡り、夢中で餌をとった。 これはNPYが擬似的な飢餓状態におかれた状態をつくりだしているためと考えられ、このため、ラットは すぐにエネルギーとしてつかえる炭水化物食を選んで食べたと考えられる。 NPYと異なり、オレキシンを投与したラットは、3時間もの間餌を食べ続け、その摂食パターンは ラットの日常的な摂食パターンと似ていた。これは、オレキシンは、ラットの摂食パターンは変えずに 摂食量のみ増加させたことになる。また、他のペプチドと異なり、摂食行動に付随して、探索行動や情動行動が 見られることや、覚醒作用、交感神経系の緊張を高める作用などがあることから、オレキシン投与による 摂食は複雑な経路によって起こる一つの現象と推察される。 今後の展開として、macronutrient selection assayを用いて、オレキシンと脳内生理活性物質との関係を 調べていく予定である。方法の一つとして、脳内生理活性物質の拮抗薬をオレキシンと同時に投与したときの 摂食のパターンの検討を考えている。