[導入] 殆どの脊椎動物の網膜は胚発生の初期に限り、人為的な操作によって部分的な再生が可能である。さらに、硬骨魚類や一部の有尾両生類では、成体においても網膜を完全に再生することができる。有尾両生類の再生能力は強く、網膜神経組織を完全に除去するという操作をうけても網膜を再生することができる。有尾両生類の再生網膜の起源は主に色素上皮細胞である。網膜が傷害を受けると色素上皮細胞が脱分化・増殖し、そこから網膜を構成する全ての神経細胞やグリア細胞が分化する。再生の過程でそれぞれの神経細胞は互いにシナプスを形成し、最終的に光応答を回復する。このような網膜の再生現象を研究することは、中枢神経組織の細胞分化や回路形成のメカニズムを明らかにするだけでなく、再生困難な神経組織の機能回復についての基礎的な資料を提供すると考えられる。
近年、生化学や分子生物学の手法を用いた網膜再生関連分子・遺伝子の探索が始まっている。しかし、現在のところそれらの機能を生体内で評価する実験系は限られている。もし、再生起源細胞である色素上皮細胞に遺伝子導入等の操作を施し、それらを起源として網膜を再生させることができれば、再生関連分子・遺伝子の機能評価も可能になると考えられる。そこで、本研究では、そうした評価系の確立を目指し、その基礎実験として、イモリの網膜色素上皮細胞に遺伝子を導入し、発現させる条件の探索を行なった。今回の実験では、主として単離直後および培養した網膜色素上皮細胞に遺伝子導入を試みた。
[方法] 色素上皮細胞の単離:イモリを麻酔液(0.1%FA-100)に入れ、遮光袋中で2時間暗順応させた後、断頭して眼球を摘出した。眼球をミリポアフィルター上に乗せ、赤道付近にそってはさみを入れ、角膜側を捨てることで、お椀状のEye
cupを作製し、網膜を丁寧に取り除いた。次に、色素上皮細胞層を結合組織ごと剥離し、0.1%エラスターゼ溶液(28℃)で90分間処理した。酵素処理後、組織を培養液(後述)に移し、よく洗浄した後、ピペッティングによって結合組織から色素上皮細胞を単離した。
色素上皮細胞の培養:培養液には、10%牛胎児血清を含む60%L-15培地を用いた。単離細胞の懸濁液をあらかじめコラーゲンIVでコートしたプラスチック培養皿上にまき、パラフィルムでシールして25℃で培養した。単離後三日間静置し、その後2〜3日おきに培養液を交換し、二週間培養した。
遺伝子導入:発現ベクターとして、今回はイモリの細胞での発現が既に確認されているヒトCMVプロモーターを有するpQBI 25-fN1(Benraissら、1996)とアフリカツメガエルの胚で発現が確認されている類人猿CMVプロモーターを有するpCS2+mt-SGPをテストした。それぞれのベクターは活性化されるとGreen
Fluorescent Protein (GFP)遺伝子が発現するようにデザインされている。導入法としては、リポフェクションやエレクトロポレーションを試みた。GFP遺伝子の発現は、導入処理を施した細胞を3日以上培養し、培養下でGFPの蛍光発現を観察することで調べた。
[結果] まず、pQBI 25-fN1の導入を試みた。単離直後の色素上皮細胞に対してエレクトロポレーションを試みたが、1週間以上培養してもGFPの蛍光は観察されず、細胞は異常な形態を示した。そこで、培養2週間目の色素上皮細胞に対してリポフェクションを試みた。しかし、テストしたすべての導入試薬(リポフェクチン、リポフェクトアミン、セルフェクチン、DMRIE-C)について、GFPの蛍光は観察されなかった。
次に、pCS2+mt-SGPの導入を試みた。ここでは培養2週間目の細胞に対するリポフェクション法のみを試みた。その結果、リポフェクチンやリポフェクトアミンでわずかなGFPの蛍光が観察された。そこでさらに、導入効率が良いとされる別の試薬、リポフェクトアミン2000とスーパーフェクトをテストした。その結果、生存率や蛍光量からリポフェクトアミン2000が適していることが分かった。
[考察] 今回の研究で、イモリの再生網膜起源細胞(色素上皮細胞)に遺伝子を導入することに成功した。さらに昨年度、蛍光標識した色素上皮細胞を再生の早い時期の眼球内に移植し、宿主の色素上皮細胞とともに網膜を再生させる実験がなされ、移植した細胞を起源として網膜を構成する全ての細胞が分化することが確認された。この結果と合わせ、今後、遺伝子を導入した色素上皮細胞を生体内に移植したり、生体内の色素上皮細胞に直接遺伝子を導入することにより、再生に関わる分子や遺伝子の機能を評価することが可能になると期待できる。さらに、過去の研究において、色素上皮細胞を長期培養すると、神経細胞が出現してくることが明らかにされているので(酒井と斎藤、1997)、培養下で色素上皮細胞から神経細胞への分化転換についても解析が可能になると考えられる。
誤字、脱字がありましたら下記にご連絡下さい。
s960870@ipe.tsukuba.ac.jp