松崎仁美 指導教官:八神健一
< 目的 >
血圧調節に関して代表的な昇圧系であるレニン・アンジオテンシン系において、その最終生理活性物質は アンジオテンシン II (AII)であり、この AII は特異的受容体を介してその刺激を細胞内へと伝えてい る。AII 受容体としては現在二つのサブタイプ(1 型、2 型)が知られているが、以前に当研究室でマウ スの 1 型アンジオテンシン受容体(AT1 受容体)遺伝子のクローニングが行われた際に、AT1 受容体と 相同性を持つ、マウスの新規受容体が同時にクローニングされてきた。この受容体と AIIとの結合活性は 無かったが、そのゲノム構造から膜7回貫通型の構造を持つことが予想された。この受容体はヒトおよび アフリカツメガエルにおけるホモログが報告されており、胎生の初期からその発現は確認され、胎児期に は心血管系を中心に、また成体では主要臓器で発現していることが判っている。さらに、ヒトにおいては HIV感染時に共役受容体として働く可能性が報告されているなど、ホルモン受容体としてだけでなく、生 体内において様々な機能を担っている可能性が示唆されている。そこで、この受容体をAPV 受容体 (AT1-related apelin virus receptor)と命名し、現在不明である生体内における生理機能や発現パ ターンの変化を、遺伝子欠損マウスの作製を通して解明することを卒業研究の目的とした。
< 方法 >
遺伝子欠損マウス作製用のターゲティングベクターを構築するため、まず、APV 受容体の翻訳領域を含 むゲノミックライブラリーから DNA 断片を調整した。プラスミドにサブクローニングした後、詳しい 制限酵素地図を作製した。それと並行し、dye terminator 法によるシークエンスにより、APV 受容体 の翻訳領域とその近傍の塩基配列情報を決定した。これらの情報をもとに、遺伝子欠損用のターゲティ ングベクターを考案し、構築に取りかかった。その戦術として、受容体遺伝子欠損と、最終的に作製さ れるマウスにおいて詳しい発現解析を可能とするため、APV 受容体の翻訳開始点を含む約 180 bp の 領域を核移行シグナルを有する lacZ 遺伝子と置換した。さらに、相同組換えのためのポジティブ・ネ ガティブ選別マーカーとして、ネオマイシン耐性遺伝子とジフテリア毒素遺伝子を用いた。
< 結果と考察 >
APV 受容体遺伝子の翻訳領域とその上流約 11 kb 、下流約 650 bp を含む領域の制限酵素地図を作製 した。また、翻訳領域とその上流約 1.4 kb 、下流約 650 bp の塩基配列を決定した。その結果、マウ ス APV 受容体は、377 アミノ酸からなるタンパク質で、ヒトのホモログとは約 90% の相同性を有し、 推定分子量は約 45 kD であった。また、アミノ酸配列を用いたモチーフ解析から、APV 受容体は膜 7 回貫通構造を持つことが予想された。さらに、他の膜 7 回貫通型受容体でよく保存されているG タン パク質とのカップルに必須な第 3 膜貫通領域直後の DRY 配列、およびリガンドとの親和性や細胞内情 報伝達に重要である第 2 膜貫通領域内の ADL 配列が APV受容体においても保存されていた。これら より、APV 受容体は G タンパク質を介した情報伝達機構を持つホルモン受容体であると予想される。 さらに細胞内 C 末端領域には、受容体のインターナリゼーションに重要とされている NPXXY 配列が存 在し、また、Ser、Thr、Tyr に富むなど、リン酸化を介した細胞内情報伝達やインターナリゼーショ ンの制御が成されている可能性が考えられた。現在、APV 受容体遺伝子欠損マウス作製用のターゲティ ングベクターを構築中である。このベクターが完成し次第、ES 細胞内で相同組換えを行い、遺伝子欠 損マウスを作製、APV 受容体の生理機能を個体レベルで解析していくと共に、lacZ 染色を含め、発生 段階を通した詳しい発現解析を行う予定である。