アメリカカブトエビの単為生殖について

三本博之    指導教官:牧岡俊樹
【目的】  アメリカカブトエビ Triops longicaudatus は、甲殻綱鰓脚亜綱に属し、水田などの一時的な水たまりに生息する。 日本国内に生息しているアメリカカブトエビには、雌と雌雄同体の個体が見つかっているのみで、雄は見つかっていな い。また、雌と雌雄同体の個体が混在する個体群と雌のみで構成されている個体群がある。従って、日本産のアメリカ カブトエビの生殖様式には、両性生殖、自家受精、そして単為生殖の3種類の可能性が考えられる。しかしながら、 それぞれの生殖様式における発生開始のメカニズムをはじめ、アメリカカブトエビの生殖様式に関する研究例は少ない。  本研究では、雌のみで構成されていると考えられているアメリカカブトエビの個体群を対象として、その生殖様式を 解明することを目的とし、この個体群を構成している個体の性別の確認と、生殖細胞の形成および卵の発生開始の過程 について、観察を行った。 【材料と方法】  アメリカカブトエビは、1999年6月上旬に、埼玉県北埼玉郡騎西町の水田にて採集し、実験室内で飼育した。これら 第一世代の個体を実体顕微鏡下で解剖し、生殖巣を摘出し、ブアン液で固定した。その後、生殖巣を厚さ4μmまたは7 μmのパラフィン連続切片とし、ヘマトキシリン-エオシン二重染色法などで染色し、光学顕微鏡で観察した。また、飼 育個体が産卵した卵を実験室内で孵化させ、次の世代の個体を得た。そして、これら第二世代の個体も、上記と同様の 方法で処理し、観察を行った。 【結果および考察】  (1)生殖様式  採集してきた個体および第二世代の個体の生殖巣について、組織学的観察を行った。その結果、卵原細胞、卵母細 胞、成熟卵などの雌性生殖細胞と、卵巣、輸卵管などの雌性生殖器官は観察されたが、精子形成の諸段階を示す雄性生 殖細胞や、精巣、輸精管などの雄性生殖器官は見つからなかった。また、雌性生殖巣中に受精嚢は確認できなかった。 以上の観察により、この個体群には、雄または雌雄同体の個体は存在しないか、もしくは非常に稀であると思われる。  従って、この個体群は、通常は単為生殖により繁殖していると考えられる。  (2)生殖細胞の発生過程  アメリカカブトエビの卵巣は、体の前後方向に伸びた左右一対の卵巣主幹から血体腔側に多数の卵巣小管が突出した 構造をしている。卵形成の過程は各卵巣小管の先端部で進行する。卵母細胞は、卵巣小管の先端で卵黄を蓄えた後、卵 巣小管の卵巣腔内に排卵される。卵は、卵巣小管および卵巣主幹の卵巣腔内で卵殻を形成した後、輸卵管を通り、生殖 口外にある卵嚢に一時蓄えられた後、外界に産出される。  今回の観察では、多くの卵には、卵巣腔内への排卵から卵嚢に至るまでの過程で、発生が開始している証拠は見出せ なかった。しかし、多くの卵はその後発生を開始し、やがてノープリウス幼生が孵化する。雄や雌雄同体の個体が見出 されていないので、これらの卵は単為的に発生を開始したものと考えられる。なお、幾つかの卵は、卵巣腔内に排出さ れた直後に既に卵割を開始していたが、これらもまた単為的に発生を開始したものと考えられる。  今回の観察からは、卵の発生開始時期にはばらつきがある可能性も考えられたが、単為的な発生開始の引き金に相当 する機構は明らかにできなかった。 【今後の課題】  今後は、今回の観察で明らかにできなかった卵の発生開始の機構を明らかにするとともに、それに先立つ成熟分裂過 程や、核相の変化について調べる予定である。また、雌雄同体の個体を含むアメリカカブトエビの個体群についても、 生殖様式や卵の発生開始の過程を明らかにし、雌だけで繁殖している個体群との比較を行う予定である。  さらに、国内に生息している他のカブトエビ属の2種(ヨーロッパカブトエビ、アジアカブトエビ)の生殖様式につ いても不明な点が多いため、これらについても明らかにし、カブトエビ類全体の生殖様式の進化について解明する予定 である。

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