柚木秀雄 指導教官:鷲谷いづみ
【導入・目的】
植物にとって葉は光合成を行う重要な生産器官であるが、しばしば食害を受ける。
食害は光合成物質生産を制限し、繁殖にも影響を与える。そのため、植物は葉の食害
を回避したり、その影響を軽減するための様々な機構を進化させている。葉の寿命や
新葉展開(展葉)のタイミングなどのデモグラフィー特性は植物が食害を制御する上
で重要な意味を持つと考えられている。
本研究ではデモグラフィー特性など葉の特性が食害とその効果の制御においてもつ
意義を検討するために、種子植物の中でも特に短い葉の寿命をもつことが知られてい
る浮葉植物の中から互いに近縁な2種ミツガシワ科アサザ属のアサザ(Nymphoides
peltata)とガガブタ(Nymphoides indica)を材料として選び、野外で
葉のデモグラフィーと食害を測定するとともに、圃場で模擬的食害処理に対する反応
を調べた。なおアサザとガガブタの葉の形態はいずれも楕円形でよく似ているが、ア
サザが地下茎で栄養成長するのに対して、ガガブタでは殖芽での栄養成長が盛んである。
【方法】
野外調査は茨城県潮来町にある水郷トンボ公園のアサザ池とガガブタ池にそれぞれ
に設置した3つのコドラート(1m×1m)で行った。ガガブタは1999年7月25日から9月8
日まで、アサザは8月3日から9月15日まで、毎日新たに展葉してくる葉に標識を施し
、その葉が消失するまで毎日、本来の葉面積と食害を受けて失われた葉面積を測定し
た。
圃場での実験は野外での調査で食害が確認されたアサザについて行った。8月4日に
アサザの切れ藻5体ずつを水を満たしたコンテナ(477×330×295mm)6つに植え、そ
のうち2つのコンテナ内のアサザの葉について9月20日に葉齢を問わず全ての葉面積の
50%をちぎり取るという模擬的食害処理を施した。残りの4つのコンテナのアサザは
対照とした。一週間ごとにコンテナ内のアサザの葉の枚数とそれぞれの葉の葉面積を
測定した。コンテナ内のすべての葉が消えて約1ヶ月たった1月9日に地下部の乾重量
を測定し、処理の効果を調べた。
【結果・考察】
野外での調査期間中にガガブタの葉で1m2あたりに展葉した葉は96枚で、アサザで
は168枚であり、葉の展葉速度はそれぞれガガブタ6枚/m2/日で、アサザは 7.3枚/m2/
日であった。それらの葉面積の合計はガガブタで1.93m2で、アサザは2.46m2であった
。葉の平均寿命はガガブタで22.6日、アサザで22日であり、有意な差は認められなか
ったが、葉面積が20%以上を食害で失った個葉の数の展葉数の比率はガガブタで1.4
%、アサザで71.4%であり食害の程度に大きな差が見られた。
アサザとガガブタの食害のほとんどがマダラミズメイガの幼虫によるものであり、
ガガブタだけにハムシの幼虫による食害が認められた。ガガブタの個葉はアサザより
も葉面積が2倍近く大きくて厚さも2倍近く厚かった。葉が厚いことが食害回避に役立
っている可能性が示唆されたが、それに対してアサザは葉の展葉速度がガガブタの1.
2倍であり、食害で失われた葉面積を速やかに回復できる。
アサザに模擬食害を与えて葉面積を50%に減少させても、約10日でもとの大きさま
で回復し、2週間後には食害を加えなかったアサザの葉面積と同じになった。また、
食害を加えたアサザの地下部の乾重量(25.9±2.4g)と食害を加えなかった対照の乾
重量(26.4±2.6g)の間には有意差が認められず、後に残る食害の負の効果は認めら
れなかった。
ここで比較した近縁2種の間では、ガガブタが葉の食害回避のための抵抗性を持つ
方向の、アサザは食害からの復帰性を強めるような方向への適応が、より顕著である
ことが示された。