円石藻の成長と円石形成に関わる環境要因

市川雄三   指導教官:白岩善博

 

 ハプト植物門に属する円石藻は,細胞表面に円石と呼ばれる炭酸カルシウムの円盤(コッコリス)を形成する。このため,光合成のみならず無機炭素という形で炭素を固定することができる。しかし,円石形成のメカニズムやその意義など,多くのことはわかっていない。当研究室において,リン酸欠乏,硝酸欠乏及び過剰量のNaHCO3を加えた条件で細胞体積が増加し,リン酸欠乏及び過剰量のNaHCO3を加えた条件で円石の形成が盛んに行われることが顕微鏡観察から提唱された。そこで,光合成による有機炭素への無機炭素固定と,細胞内石灰化反応によるコッコリスへの固定を区別し,各々の反応を定量的に評価するために,14C45Caを用いる実験法を確立し,それを用いてこれらの結果の解析を試みた。

具体的には,以下のことを行った。

1)ミクロフィルターを用いて円石藻Emiliania huxleyiにより取り込まれた14C45Caのそれぞれの総取り込み量定量と,有機質の可溶化により放射能ラベルされた細胞有機質画分とコッコリス画分の分画法を確立した。

2MA-ESM基本培地,硝酸欠乏,リン酸欠乏,20mM NaHCO3添加の高無機炭素濃度の各条件で円石藻の静置培養を行い,濁度測定による成長曲線を作成した。その過程で14C45Caを用いて有機物合成と石灰化の量的関係の解析を行うことで,有機物合成と石灰化に及ぼす栄養条件の影響について比較した。

 これらの実験から次の結果を得た。

1)細胞の増殖について,硝酸欠乏条件下では,藻の成長に伴う濁度の増加が見られなかったのに対し,そのほかの条件では基本培地とほぼ同様に増加した。

2)14Cの円石藻への総取り込み量は,全ての条件で経時的に増加していた。リン酸欠乏,窒素欠乏及びNaHCO3添加条件では,一細胞あたりの14Cの総取り込み量が高い値を示した。また,全ての条件で14Cは,殆ど有機質画分に取り込まれていた。

345Caの円石藻への総取り込み量は,14Cのパターンと同様に全ての条件で経時的に増加し,リン酸欠乏,硝酸欠乏及びNaHCO3添加条件では,一細胞あたりの45Caの総取り込み量が高い値を示した。また,硝酸欠乏では45Caは有機質画分,コッコリス画分に同程度に含まれていたが,それ以外の条件では,殆どコッコリス画分に取り込まれていた。

 以上の結果から,次のことが考察された。

リン酸欠乏で円石形成が誘導・促進され,その際に細胞体積が増加するということ,硝酸欠乏で細胞体積が増加することが定量的に示された。これは顕微鏡観察の結果に一致する。また,NaHCO3添加条件は,炭酸カルシウムの結晶が形成されている可能性もあるが,これも観察の結果を指示するデータとなった。したがって,この実験法を用いて円石藻による有機物合成と石化化に与える様々な要因の解析が短時間で定量的に行いうることが示唆され,今後,円石藻による細胞内石灰化要因のさらなる解明や円石形成の生物学的意義の解明に利用して行くつもりである。