発表者 | : | 魚住 由布子 |
指導教官 | : | 沼田 治 |
【導入】 hspとはheat shock protein の略称で、従来は熱ショックなどのストレスによって発現が誘導され、主に変性タンパク質の凝集の抑制や、再生の促進を行うタンパク質として知られてきた。しかしその後の研究により、ストレスのかかっていない正常な細胞でも発現しており、新生タンパク質のフォールディングや細胞内輸送などの幅広い細胞内機能に関わっていることが明らかになってきた。 中でも最も代表的なhsp70ファミリーは、分子量が約70KDaで、熱ショックによって発現が誘導されるhsp70, 熱ショックによっては誘導されないがストレスがかかっていない細胞の中でも比較的多量に発現しているhsc70の2つに大別される。これらhsp70ファミリーは大腸菌からヒトまで保存されているタンパク質で、新生タンパク質のフォールディング、ミトコンドリアや小胞へのタンパク輸送などををしており、hsc70はさらに小胞輸送に関わっていることも知られている。 このようにhsp70ファミリーの機能は多岐に渡っているが、最近ではこのような機能の他に遺伝子の転写調節や核へのタンパク質輸送などにも関わっている可能性など、さらに新しい核へ関する機能の存在が注目されている。 そこで私は、新たなhsp70の核へ関する機能に注目し、繊毛虫テトラヒメナを用いてその研究を行った。テトラヒメナに熱ショックを与えることによって人為的にhsp70の発現を誘導すると核への局在がより強く確認できることが分かっており、そこから、hsp70が核で何らかの働きをしている可能性があると考えた。 繊毛虫テトラヒメナは細胞が大きく、一つの個体内に大核と小核という機能の異なる2つの核を持っており、その核が簡単に視覚化できるという特徴を持っている。そこで私は、hsp70の核での機能をより詳しく知るために、テトラヒメナの有性生殖期のhsp70の局在やその発現時期を明らかにしたいと考えた。実験の手法として、有性生殖過程の各ステージにおける細胞を蛍光抗体法によって観察した。 |
【方法、結果】 まず、抗ヒトhsp70モノクローナル抗体(3a3)のテトラヒメナの細胞に対するウェスタンブロッティングの反応パターンから、この抗体がテトラヒメナのhsp70ファミリーを特異的に認識することが分かった。熱ショックを与えた細胞と正常な状態の細胞を用いたウェスタンブロッティングの発現パターンから、テトラヒメナのhsp70とhsc70を認識していると考えた。そこでこの特異的な抗体を用いて、有性生殖期におけるhsp70ファミリーの発現変化と細胞内での局在を調べた。 ウエスタンブロッティングの結果から、核のダイナミックな変化がおこる有性生殖過程では、熱によって誘導されないhsc70が核へ移行していることが分かった。 有性生殖の各過程では、接合型の異なる細胞を混合すると hsc70は大核へと局在する。 接合が始まってからは、減数分裂に先駆けて遺伝子の組み換えがおこると考えられている小核の伸張時には大核と小核へ、新生大核への分化途中には旧大核と新生大核両方へhsc70は局在する。新大核への分化がおこると旧大核へのhsc70の局在はなくなり、旧大核が凝集消失していく過程でも新大核へのみhsc70の局在が見られた。 このように、有性生殖過程の中でも核が大きく変化する、しかも未解明なステージにおいてhsc70が関わっている可能性が強く示唆された。 |
【考察】 接合型の異なる細胞を混合することでhsc70の局在が核へ移行したが、 この段階では接合に先駆けて細胞が分裂し、細胞周期を合わせた状態で接合が行われるといわれているので、ここでの局在からこのステージにhsc70が何らかの形で関わっている可能性が考えられる。 また、減数分裂初期の伸長した小核では、小核の中に遺伝子の組み換えや微小管の急速な重合などのダイナミックな変化がおこっており、遺伝子の組み換えに必要なタンパク質が輸送されてくると考えられている。ここでの局在からhsc70がこれらのダイナミックな核の変化に関与している可能性も考えられる。 旧大核から新大核への分化途中での局在の変化は、新旧大核の機能の交代に沿っているようにも見える。このステージでは、新旧大核の機能の交代がなされ、新大核では遺伝子の複製が盛んに起こっていることが知られているので、この新大核の分化の決定の時期にhsc70が関係している可能性も考えられる。 このような有性生殖のまだ未解明な部分にhsc70が関わっている可能性が示唆されたので、これからhsc70が各ステージにおいてどのような働きをしているかを詳しく解析していき、この未解明なステージとhsc70の機能の関係を解明したいと思う。 |