ヒメゾウリムシのエキソサイトーシス変異体でみられる異常な交雑結果

工藤 喜史   指導教官:高橋 三保子

【導入】繊毛虫は機能の異なる大小2種類の核を持っており、これらの核は様々な挙動を示す。特に接合時の小核は複雑な挙動をを示し、減数分裂したnの配偶核2つのうち1つを細胞同士で交換することで遺伝子を交換している。このような核の挙動をコントロールしている因子についてはまだ分かっていない部分が多いのが現状である。

繊毛虫では細胞の表層構造と核の挙動との間に相互関係があることが知られている。例えばテトラヒメナの表層パターン変異株では正常な接合が行われず、接合時の小核の挙動に異常が生じることが知られている。またゾウリムシ類は細胞表層にトリコシストという細胞器官を持ち、外敵に襲われた際などにこれをエキソサイトーシスして細胞の防御を行っていると考えられているが、ヒメゾウリムシではこのトリコシストを放出できない変異株が多数見つかっており、その中のいくつかは細胞分裂時の大核の形態異常や、大核および小核の不等分配などの形質を示すことが知られている。このような変異株の性質を手がかりにすることで核の挙動を表層からコントロールしている要因が解明されることが期待されている。

本研究ではトリコシスト変異がヒメゾウリムシの接合過程にどのような影響を与えているのかを明らかにするために、変異株と野生型株との交雑を行った。その結果、遺伝子マーカーとして頻繁に用いられているnd変異を持つ株で接合過程の異常を示唆する交雑結果が得られた。

【材料と方法】ヒメゾウリムシParamecium tetraureliaのトリコシスト変異であるnd6nd7nd9nd169を持った株を用い、それぞれトリコシスト野生型株との交雑を行った。マーカーとして行動変異であるpawnApawnB遺伝子と高温致死変異であるts111遺伝子を用いた。変異はすべて劣性である。交雑では接合活性を示している株同士を混合し、生じた接合対を単離した。その後接合対が分離するのでこれをそれぞれ単離した。これを25℃で培養し約10回分裂した後Fの形質を調べた。F2の形質を調べる際にはこのF1を自家生殖(オートガミー)させた後に単離し、約10回分裂後の形質を調べた。また、カルボールフクシン染色によってF1の核を染色し光学顕微鏡で観察した。

【結果と考察】繊毛虫の接合では配偶核を交換した結果、遺伝子組成が全く同一な2つのF1細胞を生じる。このため異なる変異を持った細胞同士を交雑させると全てのF1が変異遺伝子をヘテロに持った野生型となる。今回、トリコシスト野生型株同士の交雑ではF1は全て野生型となり異常な結果はみられなかった。それに対してnd変異株との交雑では314%の接合対で、ひとつの接合対から生じたF1の片方は野生型を示しもう片方は変異型を示した。この結果は通常の接合では説明できない。このことは少なくとも一方の細胞から他方への配偶核の移動は行われているが、非対称的な核交換かまたは核融合の異常が起きていることを示唆している。このようなF1は調べた全てのnd変異株の交雑で生じた。また異常なF1由来のF2は、正常なF1由来のF2と比べて生存率が著しく低かった。このことも接合時に生じた核の異常を支持すると思われる。しかし核染色像ではF1の核に異常はみられなかった。

  今後は、より高率に接合異常を起こす変異体の探索を行い、また核染色によって変異体の接合中における核の挙動の欠陥を明らかにすることが課題である。