同所的な近縁種D. ananassaepallidosa-like-WAUにおける生殖的隔離 

杉山ひとみ                     指導教官: 小熊譲
 

【背景・目的】
       D. ananassaeは世界的に広く分布する普遍種であり、pallidosa-like-WAUは南太平洋の島の一つ、パプアニューギニアにのみ生息する未記載種である。両種はアナナスショウジョウバエ類(Drosophila ananassae complex)に属し、同所的に生息しており、その形態は互いに非常によく似ている。このように同所的に生息し、近縁で形態も非常によく似ている2種がそれぞれ独立した1つの種として保持されるためには、2種間での生殖的隔離が必要となる。生殖的隔離は、交配前と交配後の大きく2つに分けられる。交配前隔離には、生態的隔離、季節的隔離、性的隔離、機械的隔離などがあり、交配後隔離には、雑種生存不能、雑種不妊、雑種崩壊がある。
    本研究では、この2種間に存在する生殖的隔離機構を明らかにすることを目的とし、まず、種内・種間交配を行い、性的隔離の程度、交配後隔離の有無を調べた。次に種内・種間で配偶行動の観察を行い、両種の求愛時の行動を比較した。交尾に至るまでには雌雄間で様々なシグナルが交換されていると考えられるが、その中で聴覚シグナルとして重要視されている、求愛歌(求愛時に雄が翅を振動させて発する音)の交尾に対する効果を調べるために、両翅を切除し、求愛歌を発せられなくなった雄を用いて、種内・種間交配を行った。さらに2種の求愛歌の録音を行い、求愛歌の各パラメーターを測定し、分析した。

【方法】
    実験にはD. ananassaeからWAU120WAU1712系統、pallidosa-like-WAUからWAU61WAU922系統を用いた。いずれの実験も未交尾の45日齢のハエを使い、温度25±1℃、湿度50±10%の条件の下で行った。
1)交配実験:未交尾の雌10匹、雄15匹を1本の飼育瓶に入れ、2日間の種内・種間交配を行い、交尾率を測定した。また、交配後隔離の有無を確認するため、種間雑種を形成し、その妊性を調べた。
2)配偶行動の観察:観察容器に同種または、異種の雌雄各1匹をいれ、10分間の観察を行った。
3)両翅を切除した雄を用いた交配実験:雌10匹、翅無しの雄10匹を1本の飼育瓶に入れ、2日間の種内・種間交配を行った。
4)求愛歌の録音・分析:録音した求愛歌をコンピューターに取り込み、各パラメーター(バースト内パルス数、パルスの長さ、パルス間間隔、パルス内サイクルの数、サイクルの長さ、パルス内周波数、FFT分析、バーストの長さ、バースト間間隔)の測定・分析を行った。

【結果・考察】
   (1)種内に比べ、種間での交尾率はきわめて低く、2種間には強い性的隔離が存在した。また、種間雑種には妊性があり、交配後隔離は不完全であることが明らかになった。これより、2種の生殖的隔離には交配時の種識別機構が重要であることが示唆された。(2)雌雄とも2種間に行動上の顕著な差違は認められなかった。(3)両種雌とも、翅の有無にかかわらず同種雄とはよく交尾した。D. ananassae雌は、翅ありpallidosa-like-WAU雄とは殆ど交尾しなかったが、翅なしpallidosa-like-WAU雄とはよく交尾した。pallidosa-like-WAU雌は、系統間で性的隔離の程度の差はあったが、翅ありD. ananassae雄、翅なしD. ananassae雄との交尾率に大きな差はなく、雄の翅の有無(求愛歌の有無)の交尾への影響は認められなかった。以上の結果から、D. ananassae雌は、同種の求愛歌と異種の求愛歌を聞き分けており、求愛歌は種認識に重要なシグナルとして働いていることが明らかになったが、pallidosa-like-WAU雌の種識別には求愛歌以外のシグナルの関与が重要であることが推測された。(4)下図に2種の求愛歌の波形を示した。現在までにパルス間間隔、パルス内サイクル数、サイクルの長さに種間で差を確認している。今後は残っているパラメーターの測定・分析を進め、2種間で比較・検討を行っていく予定である。