18S rDNAによる定数群体性緑藻の系統
戸嶋策英 担当教官 井上勲
淡水域で得られるイカダモ(Scenedesmus)などは、一定の細胞数、形からなる群体(定数群体)を形成し、湖沼の生産者として重要な役割を担っている。TetrastrumとCrucigeniaの2属は、4(または16)細胞により平面上に平行四辺形の定数性の群体を形成することから、伝統的にはセネデスムス科クルシゲニア亜科に分類されてきた。しかしながら、微細構造レベルではピレノイドの形状や細胞癒着面の構造などが他のセネデスムス科の藻類と相違していることが判明しており、セネデスムス科の単系統が疑問視され、栄養体の体性に基づく伝統的な分類法が多系統的なものになってしまう事が示唆されてきた。今回の研究は核コード小サブユニットリボソームRNA遺伝子(以後18S rDNA)を用いてこの問題に分子的検証を行ったものである。
<実験材料>
つくば市周辺で採取した淡水サンプルからTetrastrum heteracanthum及びCrucigenia fenestrataを単離し、培養液AF6によってDNA抽出に適した量が得られるまで培養したものを用いた(L/D=12/12)。
<方法>
両生物とも細胞外皮が非常に硬いため、フレンチプレスで細胞を破壊したのちにUNSET法を用いてDNAを抽出した。PCR法によって得られた目的領域(18S rDNA)についてオートシークエンサーにより配列を決定した。配列決定後、セネデスムス科を含む他の藻類群の既知の配列とアライメントをとり、部分配列(約1300bp)を用いた分子系統解析により系統樹を構築、ブートストラップ法による検定を行った。
<結果>
今回調査した2種は単系統群を形成した。このクレードはトレボウクシア藻綱に含まれたが、他の種類との明瞭な類縁性は認められなかった。また、同じ科に分類されていたScenedesmusやCrucigeniellaは明らかに緑藻綱ヨコワミドロ目に含まれ、今回の2種とは別系統に属していた。このことは微細構造学的な形質からの推定とよく一致していた。
<考察>
以上の結果からTetrastrum及びCrucigeniaの両属は、緑藻綱セネデスムス科に分類されるのではなく、トレボウクシア藻綱に属するものとして扱うのが適当であると考えられる。このことは伝統的なセネデスムス科を定義する定数群体という形質自体が分類形質として妥当でないことを示している。おそらく、セネデスムス科とこの2属に共通な定数群体性という形質は並行進化により獲得されたものであろう。
<展望>
定数群体性の緑藻に関する微細構造学的研究、及び分子系統解析を行った研究はまだ少ない。しかしながら今回の研究でもわかるように、今までの分類体系に問題がある事にはもはや疑い様がない。微細構造による形質、及び複数の遺伝子を用いた分子系統解析による新しい分類体系の構築が必要であろう。