絶滅に瀕したニホンコウノトリの人為的繁殖戦略
萩原 聖子 指導教官:關 文威
【 目的 】 ニホンコウノトリ(Ciconia boyciana)は国の特別天然記念物に指定される絶滅危惧種である。 国内の野生ニホンコウノトリは1971年に絶滅した。 現在は絶滅回避とともに野生復帰を目指して15ヶ所の動物園や保護センターで飼育されている。 絶滅前に捕獲した個体や海外から移送されてきた個体の飼育下での繁殖が成功し、1999年8月現在の飼育下個体数は127羽に及ぶ。 しかしファウンダ‐(創始個体;繁殖の第1代目となる個体)が少ないために近親交配が起りやすく、近交劣化(近親交配により不利な形質が発現すること)を避けるためには人為的に繁殖を管理して遺伝的多様性を向上させていく必要がある。 今回は国内の飼育下個体群を人口統計学的、育種遺伝学的に解析し、今までの繁殖計画がどのような成果を納めているのか、今後どのようにあるべきなのかを検討した。
【 方法 】 「ニホンコウノトリ国内血統登録(1999)」及び‘
International Studbook for the ORIENTAL WHITE STOR;ニホンコウノトリ国際血統登録(1999)‘をもとにニホンコウノトリの国内における飼育下個体群の性別・年齢別構成、繁殖率、死亡率、各ペアの産卵数、孵化数の解析結果を考察した。 また遺伝的な評価として血縁係数(2個体間の遺伝的相似度を示す係数)を指標に用いて特定のペアや移送個体がもたらした個体群の遺伝的多様性に対する影響を分析した。【 結果・考察 】 飼育下個体群の繁殖個体の割合は年々増加しており、これは搬入個体に頼らなくても繁殖の成功が安定してきたことを表わしている。 これは飼育環境、繁殖に対する知識、治療などの技術の向上によると考えられる。 一方で搬入個体が減少すれば個体間での遺伝子の均一化の恐れがあり、今後更に血統管理の徹底が重要となる。
繁殖は雄雌とも4齢以降に見られるが、産卵数はペアによって明らかに偏りがあることが判明した。 またペアができる過程においてもニホンコウノトリでは相性があるとされているが(多摩動物公園、私信)、これは今後の「お見合い」計画を進める上で重要な要素となる。 全個体を各施設の独立した個体群として見るのではなく、1つの飼育下個体群として見ることで繁殖相手の可能性が広がると同時に遺伝的な均一化を防ぐことになる。 実際に既にブリーディング・ローン(Breeding Loan;以下BL)という形で施設間での個体の移送が行われている。 BLによる個体の繁殖結果からもその有効性は確かめられるので、今後も積極的なBLの実施が望ましい。
近年ミトコンドリアDNAを用いた母系解析が行われ始め、あるペアが雄雌ともに同じ母親を持つことが明らかにされている(
Yamamoto et al.,2000)。 このペアの繁殖が個体群の遺伝的多様性の低下に要因となっており、ファウンダーの血縁占有度(個体群の中での各ファウンダー由来の遺伝子の割合)に偏りをもたらしていることも明らかにされている(細田、2000)ので、この母系解析が繁殖管理において果たす役割は非常に大きいといえる。