沼沢生態系における淡水産巻貝の分布と食性の生態学的研究

                        970865 福田朱里

指導教官  關 文威

【背景と目的】

沼沢生態系における底棲性巻貝の生態学的役割として、付着藻類を摂食して底泥の堆積物を作り上げることが知られている。日本に生息する淡水産巻貝には、サカマキガイ科(Physidae)とモノアラガイ科(Lymnaeidae)が挙げられる。両科はともに有肺類の基眼目に属し、ほぼ同じ大きさ(成熟個体は510mm)で、歯舌を使って底質の付着藻類などを食べている。すなわち両種は同じ生息地に棲み、同じ摂食方法をとっている。本研究では両種を比較することで、巻貝の環境への適応性や沼沢生態系における役割について考察することを目的とした。つまり、沼沢生態系である筑波大学構内の「松美池」における両種の生活史を明らかにするため、成長曲線を解析し、サイズ分布の季節変動や食性などの調査研究を行った。

【方法】

松美池において65日から現在(116日)まで週1回のサンプリングを継続的に行った。サンプリングでは、気温、水温、泥温、溶存酸素濃度、pHなど物理化学的因子を測定するとともに、一定面積中の抽水植物(ガマ)の葉の上などにいる巻貝(サカマキガイ、モノアラガイ)採取した。研究室に持ち帰った個体は、成長の目安となる殻長をノギスで測定し、冷凍して固定した。また、サンプリングに並行して、採取した貝の一部を研究室で飼育・観察した。さらに、冷凍保存していた個体を実体顕微鏡下で解剖し、腸管を取り出してプレパラートを作成した後、主に細胞壁が壊れにくい珪藻類について顕微鏡観察を行い、その食性を調べた。

【結果・考察】

松美池において、サカマキガイはサンプリングを開始した6月に最大個体数を示し、水温の上昇する7月になると個体数は減少し、8月以降は低い状態が続いた。一方、モノアラガイの個体数は78月の高水温期にはサカマキガイ同様低下するが、水温が低下する9月以降個体数は回復した。室内飼育の結果、サカマキガイの方が孵化率高くその後の死亡率も低かった。以上の結果から、サカマキガイはモノアラガイより繁殖力が強いが、サカマキガイとモノアラガイでは環境適応度に違いがあると考えられる。 

室内飼育の結果、産卵可能な個体は殻長5mm以上の個体であり、孵化後産卵するまでは直線的にその殻長は増加するが、産卵開始後、成長がほとんどとまる事が判明した。このことから産卵と成長の間にはトレードオフが成立している可能性が考えられる。また、松美池では57月が産卵シーズンであったのに対し、室内飼育したものには決まった産卵シーズンが見られなかった。淡水産巻貝は雌雄同体であるため、他の個体と成長や成熟を同調させる必要がないので、栄養条件がよければどんどん成長するという戦略を取っていると推測できる。海産巻貝がプランクトンの幼生段階を経るのに対して淡水産巻貝はプランクトン時代を伴わないのと同様に、海洋生態系より不安定な淡水生態系に適応するために孵化期間や成長期間を短くする必要性があったためにこのような戦略がとられていると考えられる。

 食性については現在解析中であるが、同じ日に採取したサカマキガイ10個体の腸管を顕微鏡観察した結果、珪藻のNaviculaを最も多く食べる個体群と、Cocconeisを最も多く食べる個体群の2つに分けられることが明らかになっている。