キンギョ網膜における細胞間ギャップ結合の研究

生物学類4年 村田 亜沙子       指導教官:斎藤 建彦

導入
  脊椎動物の網膜を構成する神経細胞のうち、同種の細胞同士はギャップ結合によって直接連絡している。ギャップ結合は、隣接する細胞同士のイオンや小分子の交換を可能として組織内の細胞の代謝活性を統一する役割を果たすほか、ギャップ結合を介した細胞同士の電気的カップリングは、網膜の神経回路における情報処理に重要な役割を果たしている。ギャップ結合は6個の膜貫通タンパク質からなり、それらはコネキシンと呼ばれている。近年このコネキシン分子のサブタイプが次々と同定されており、異なるタイプの細胞は異なるコネキシン分子を持っていることを示唆するデータが得られている。本研究は、当研究室で既に電気生理学的な解析が行われているキンギョ網膜の各種神経細胞がどのようなコネキシン分子を持っているかということに注目し、免疫組織化学的手法およびPCRクローニングにより、コネキシン分子の網膜神経組織における多様性について調べることを目的とした。

方法
1)免疫組織化学:材料として体長11〜13pの成体キンギョ(Carassius auratus)を用いた。まず、キンギョから眼球を摘出して角膜・レンズを除去した後、標本を4%パラホルムアルデヒドあるいはザンボニンで6〜8時間固定し、14〜16μmの凍結切片を作成した。このようにして作成した切片に、次に示す市販の抗コネキシン抗体を処理し(4℃、一〜二晩)、蛍光抗体法あるいはABC法によってその局在を可視化した。網膜は整然とした層構造をしており<視細胞層、外網状層(シナプス層)、内顆粒層(水平細胞・双極細胞・アマクリン細胞からなる)、内網状層(シナプス層)、神経節細胞層>、それぞれの層における細胞体の位置をもとに、抗体によって免疫染色された細胞種を同定した。

  コネキシン43;抗体@(ウサギポリクローナル、マウス-コネキシン43のC末端19残基を抗原として作製) 、抗体A(ヤギポリクローナル、ヒト-コネキシン43のN末端19残基を抗原として作製)、抗体B(ウサギポリクローナル、ラット-コネキシン43の第3番目の細胞内ドメインを抗原として作製)、抗体C(マウスモノクローナル、ラット‐コネキシン43のC末端領域を抗原として作製)
  コネキシン32;抗体@(ウサギポリクローナル、ラット-コネキシン32 の細胞内ループを抗原として作製)、抗体A(マウスモノクローナル、ラット-コネキシン32の細胞内ループを抗原として作製)
  コネキシン26;抗体@(ウサギポリクローナル、ラット-コネキシン26の細胞内ループを抗原として作製)、抗体A(マウスモノクローナル、ラット-コネキシン26の細胞内ループを抗原として作製)

2)PCRクローニング:コネキシン遺伝子ファミリーの中から、αサブグループに属するコネキシン43およびγサブグループに属するコネキシン35/36について、他の動物種で既に分かっているcDNA配列を比較し(コネキシン43については5種、コネキシン35/36については3種の動物の配列を比較した)、種間で相同性の高い部分をプライマーとして設計した。一方、キンギョの眼球10個からISOGENにより全RNAを抽出し、それを鋳型として、RT-PCR法によりそれぞれのプライマーを用いてDNA断片を増幅した。増幅したDNA断片をベクターに組み込んでクローン化し、その塩基配列を決定した。

結果
1)免疫組織化学:上記の抗体を用いてコネキシン分子の局在を調べたところ、次のような結果が得られた。

  コネキシン43;抗体@と抗体Bでは双極細胞全体が染色されるとともに、Bではそれに加えてミュラー細胞の外側の足場にあたる視細胞内節と外節の間に点状の染色が得られた。抗体Cでは、内網状層の両側にある細胞の輪郭が染色された。抗体Aでは抗原抗体反応が認められなかった。

  コネキシン32;抗体@では水平細胞の樹状突起が染色された。抗体Aでは抗原抗体反応が認められなかった。

  コネキシン26;抗体@では水平細胞の輪郭が染色され、抗体Aでは内網状層とその両側の細胞の輪郭が染色された。

2)PCRクローニング:上記の方法により、コネキシン43に特異的なプライマーを用いたものは約0.9kb、コネキシン35/36に特異的なプライマーを用いたものでは約0.7kbのDNA断片が増幅された。得られたそれぞれのクローンの塩基配列について、FASTAを利用して既知の遺伝子との相同性検索を行ったところ、得られたクローンのうちコネキシン43に特異的なプライマーを用いたものはゼブラフィッシュのコネキシン43遺伝子と約93%、マウスのコネキシン43遺伝子とは約80%の相同性を示し、コネキシン35/36に特異的なプライマーを用いたものはスズキのコネキシン35と約86%、ラットのコネキシン36と約78%の相同性を示した。よってキンギョの眼球からコネキシン43およびコネキシン35/36のDNA断片をクローン化できたといえる。よってキンギョ眼球においてはコネキシン43および35が同時に発現していることが分かった。

考察
  今回市販の抗体を用いてコネキシン分子の局在を調べたが、細胞体やシナプス層全体が染色されるなどギャップ結合を認識しているとは考えにくい結果が得られた。しかしながらコネキシン43の抗体Bに関しては、コネキシン43が脊椎動物の種をこえて網膜のアストロサイトおよびミュラー細胞に局在するサブタイプであることを考えると、視細胞内節と外節の間の点状の染色はミュラー細胞のギャップ結合をあらわしている可能性が高いといえる。今後は今回用いた各抗体がどのような大きさの抗原タンパク質を認識しているのかウエスタンブロッティングで確認し、免疫染色の結果と合わせて各抗体の特異性を確認する必要があると考えられる。また、今回クローン化したコネキシン遺伝子のcDNAはキンギョ眼球から抽出したRNAを鋳型としたので、ノーザンブロッティングにより網膜特異的な発現を確認する必要があると考えられる。