つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 130-131.

特集:理科教育の現場から

"生きている" 生物を扱う実験 ―ショウジョウバエの遺伝―

沼尻 良一 (栃木県立宇都宮高等学校)

私は昭和52年に東京教育大学理学部生物学科動物学専攻を卒業しました。52年卒は教育大の動物の最後の卒業生です。その後、地元栃木県で高校の教職に就き、今日に至っています。卒業後、同級生で筑波大学に残っている町田龍一郎君との親交から、菅平高原実験センターの安藤先生の前口動物ゼミに参加しています。また、芳賀先生のお世話で、かつて1年間、懐かしい茗荷谷の学校教育部に内地留学をしま した。7年前に現在勤務している栃木県立宇都宮高校に赴任しました。宇都宮高校は栃木県では一番歴史のある男子校です。男子校の理科の選択は物理・化学が多く、生物は医学、薬学、農学、理学部の生物等を希望している者のみがとる形になるので、少人数でじっくりと授業ができます。実験もできるだけ多くやるようにしています。いろいろな大学で生物関係に進んでいる者もたくさんいます。ただ、残念なことは、私の代になってから、まだ筑波の生物の後輩に教え子を送り出していないことです。

 3年前から、丸尾先生からショウジョウバエを提供していただき、継代飼育をしています。2年理型の生徒に遺 伝の学習の一環として交雑実験をやらせています。実験の内容は「眼の色の伴性遺伝」と「体色および痕跡翅の二遺伝子雑種の遺伝」です。2人1組で班をつくり、1つの実験を担当します。最初の未交尾雌を用意するところまでは、こちらが準備しますが、それ以後は生徒がやります。方法等はとくに目新しいものではないので、生徒が実際に行った実験の結果の1例をあげておきます。

「眼の色の伴性遺伝」 (w: white)

白眼(w)♀x野生型♂

正常♀ 白眼♀ 正常♂ 白眼♂
F1 285 301
F2 228 233 229 237

野生型♀x白眼(w)♂

正常♀ 白眼♀ 正常♂ 白眼♂
F1 363 365
F2 580 267 255

「体色および痕跡翅の二遺伝子雑種の遺伝」 (e: ebony, vg: vestigial, b: black)

暗黒体色(e)♀x痕跡翅(vg)♂

正常痕跡翅 暗黒体 痕跡翅 黒・痕
F1♂ 287
F1♀ 284
F1計 571
F2 32 104 90 16

暗黒体色(e)♀x黒体色(b)♂

正常♀ 黒体♀ 正常♂ 黒体♂
F1 34 29
F2 133 68 176 102

 実際に実験をやってみると、紙の上の文字で書かれていることが、実際に生きている生物の形質として出てくることに、また、本当に法則に近い数字が出てくることに生徒は驚きを感じるようです。日頃、教科書の内容を実物も見ずに、そのまま信じてしまっていることが多いわけですが、本当は遺伝だけでなく、すべてがそういう形で経験できることが望ましいと思います。とくに、本校の場合は、大学進学後、研究者になるケースも多いので、"生きている" 生物を知らない生物研究者を作り出したくないと思います。実験に失敗はつきものですから、時には、手違いで失敗してしまう班も出てきます。どう考えても出てくるはずのないものが出てきたりしてしまいますが、それはそれで、その原因を追及することで遺伝の学習になります。毎年、感心することなのですが、最初はぎこちな くショウジョウバエを扱っているのですが、F2のカウントをする頃になると、どの生徒も肉眼で、素早く、雌雄の分離、形質の確認ができるようになります。

 今後、この「つくば生物ジャーナル」が "高校中学の生物教師、理科教師の全国的なコミュニケーションの場を提供する" ということで、皆様にお願いがあります。いわゆる "ミレニアムプロジェクト" というものの関係で、現場にコンピュータやプロジェクターが入ってきます。本校でも来年2月には各教室、特別教室にインターネットがひかれ、コンピュータやプロジェクターが置かれることになりました。従来の生物教育でのコンピュータ利用はシミュレーションとかデータ処理が多かったように思います。今後、これらを実際の日常の授業で使っていくと すれば、新たな視点で教材開発をしていく必要があるのではないかと思います。ちなみに、この実験の方法を説明する時には、パワーポイントで作ったものを使用しています。ハエに麻酔をかけたりする方法などを動画で見せたり、雌雄の区別を写真を大きく拡大してわかりやすく説明できます。各分野において、いろいろな教材、あるいはコンピュータの使い方を工夫していらっしゃる先生がおられましたら、ぜひご紹介ください。よろしくお願いしま す。

Communicated by Ryuichiro Machida, Received November 26, 2002.

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