つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2002) 1: 136-137.

連載:編集者の仕事

―第1回 出版にたずさわる人々―

浦山 毅 (共立出版(株))

 卒業後、生物学を専攻したと言ったら親戚の人から、「じゃあ、動物園の飼育係か、花屋さんになるの?」と言われた。必ずしもそうなるわけではないが、どうも一般の人にはそういう連想がはたらくらしい。それと同じように、出版社に務めていて「本屋さん」とひとくくりにされることは多い。これから3回にわたって「編集者の仕事」を紹介していこうと思うが、まずは出版という業種にいかに多くの人がたずさわっているかを、本がつくられて書店の店頭に並び、読者が買っていくまでの手順にそって見ていこう。

 まず、原稿を書く人がいる。「著者」あるいは「執筆者」とよばれる人たちで、学術書の場合は大学の先生や学識者が多い。雑誌特集号などの編集を任される「編者」や、翻訳を担当する「訳者」という分類もある。基本的に著者はその道の専門家であり、大学などから給料をもらっており、印税や原稿料は副収入である。一方、執筆をなりわいとしている人が「作家」で、これは文芸関係に多い。いろいろな人に取材をして原稿をまとめる人を「記者」または「ライター」という。写真雑誌などでは「カメラマン」もいる。ちなみに、「筆者」という言葉があるが、これは著者が原稿の中で自分を指す場合に使う呼称である。

 その原稿が出版社に持ち込まれるところから「編集者」の仕事が始まるのだが、じつは「企画者」が著者にあら かじめ執筆をお願いしている場合が多く、すでに執筆依頼、執筆内容に関する事前打合せ、原稿催促などを行なっている。大きな出版社など企画者と編集者が分かれているとき編集者とは本を製作する人を指すのだが、多くの中小出版社では両者はあまり区別されず、一括して編集者とよばれることが多い。企画者が依頼した原稿が依頼原稿で、これはすでに社内の企画会議で出版のゴーサインが出ているので、できあがった原稿はすぐに次の工程に回される。それに対して、著者が一方的に出版社に持ち込んだ投稿原稿(持ち込み原稿ともいう)は、企画会議で一応 審議はされるが、よほど良い原稿でないかぎり出版まで漕ぎ着けることはむずかしい。その場合、企画者は外部の専門家に相談することもあるが、たいがいは目次構成を見て全体をぱらぱらとめくり、原稿の最初の数頁の書きっぷりを読んだだけで採否を判断することが多い。

 いずれにせよ出版のゴーサインが決まった原稿は、編集者によっていろいろな角度から内容がチェックされ、製作に進めてよいと判断されて次の段階に進む。本のレイアウトは、編集者が考える場合もあれば、外部の「デザイナー」に依頼することもある。原稿は工程別に、本文、表組、線画、写真といった素材に分けられ、線画は「トレース屋」または「イラストレイター」に、写真は「製版屋」に渡して必要な加工が施される。線画と写真が仕上がってくると、編集者がさまざまな指示を書き入れた本文・表組といっしょに、すべての原稿を印刷所に渡す。

 出版社は印刷機械をいっさい持っていないので、本のレイアウト通りに原稿を組み付けていって最終的に本のすべての頁をフィルム(または印画紙)の形に仕上げるのは「印刷所」の仕事である。この作業を組版(くみはん)と いう。1台あたり数千万円から一億円以上もする高性能コンピュータ(これを電算写植機という)で原稿を組み付 けていくのだが、最近はパソコンレベルで組版を行なうDTP(DeskTop Publishing;卓上印刷)も少しずつ増えてきた。組版の途中結果を仮に印刷した校正刷り(ゲラともいう)が原稿の指定通りに組み付けられているかどうかをチェックするのが「校正者」の役割で、とくに内容を深く吟味する人を「校閲者」とよぶ。大部分の中小出版社 では、校正も校閲も編集者が一人で行なう。

 著者にも校正してもらって組版が完成すると、いよいよ本印刷に入る。印刷用紙は「用紙店」に発注する。本は1頁ずつ刷るのではなく、8頁や16頁や32頁をまとめて1枚の大きな用紙に刷る。そして、これを数回折りたたんで頁を整える。組版に続いて印刷をするのも印刷所である。刷り上がったものは「折り屋」に運ばれ、機械で正確に折りたたまれる。それが最後に「製本所」に渡る。製本所では、刷られたものを1部ずつ集めてきて、背中に糊 を付け、見返し(表紙と本体をくっつける用紙)を介して表紙でくるみ、いろいろな装飾を加えて本の形に整形する。もちろん、本として完成させるためには、本体以外に、色刷りのカバー、スリップとよばれる短冊なども必要であり、それぞれに製作会社がある。製本所はオートメーションの比率が高く、本を整形し、スリップをはさみ、本を互い違いに積んで結束した状態までほとんど自動化されている。製本所の一角にはトラックが横付けされており、 できあがった本の束をすぐに運び出せる体制が整っている。

 できあがった本を全国の書店に配本するのが「取次」である。少量多品種の本を全国津々浦々の書店に異なった冊数を配り、代金を回収し、マージンを取って残りの金額を出版社に渡す作業を受け持つ。1日180点ともいわれる新刊書と、書店から注文のあった既刊書とを、大都市(おもに東京)を中心に存在する2000社とも6000社ともいわれる出版社から、全国に2万店あるといわれる書店に配本するのである。取次はほぼ2社の寡占状態となっており、流通の要となっている。書店に何をどう配るかは、書店の希望もある程度は反映されるが、大部分は配本パターンとよばれるプログラムにそって決められる。書店にとっては何が配られてくるかわからず、届いた荷物を開 けてみて(あるいは開けずに)そのまま返品することもあるという。以前は、「目利き」とよばれる人がいて適正な配本を心がけていたのだが、今はほとんど機械的になってしまった。

 最終的に、本を並べて読者に展示するのが「書店」(狭義の「本屋さん」)である。本の販売形態が他の商品と際 立って異なる点は、「委託性」と「再販制」であるといわれる。書店に並べられている本は書店が購入したものではない。出版社から一時あずかったものである。その本が売れた場合、書店はスリップを抜いてそれをすぐに出版社 に送り返す(取次に渡す)義務がある。その時点で、本の代金を精算し、スリップを受け取った出版社は同じ本に またスリップをはさんで書店に届ける(取次に渡す)ことになる。このサイクルを約半年ごとにすべての本について見直すのである。つまり、書店は最長半年間はこの義務を負うのだが、途中で不要と判断すればいつでも本を出版社に返すことができる。これが委託性である。再販制とは、出版社以外が勝手に定価を変更できない制度で、こ の制度のおかげで全国一律の定価が保証されるのであるが、現実には大型書店などでポイントカードなどによる実質的な割引が行なわれている。再販制は、出版社が1点1点の本について除外するかどうかを決めることができるので、除外された本は書店が勝手に定価を変更して売ることができる。ちなみに、1000円の本の場合、出版社には平均720円、取次に80円、書店に200円が配分されることが多い。

 出版社には、編集以外にも営業、販売、宣伝、総務といった部署があり、1冊の本を売るために多くの人が働いている。また、外部の「広告代理店」や「コピーライター」に仕事を依頼することもある。このように、ひとくち に「本屋さん」とよばれる人たちが、じつは多くの業種の人たちの集まりであることがおわかりいただけたことと 思う。

Contributed by Takeshi Urayama, Received December 2, 2002.

©2002 筑波大学生物学類